次に立ち上げたのはオンライン金融サービスのX.com。この会社が二〇〇〇年にライバルのコンフィニティと合併して、翌年ペイパルに改称した。ペイパルは今も世界最大のオンライン決済企業である。立ち上げに関わったメンバーはその後、起業家や投資家として大成功を収め「ペイパル・マフィア」と呼ばれる。
その後、マスクは三つの事業に手を伸ばす。ロケット開発の「スペースX」、電気自動車の「テスラモーターズ」、太陽光発電の「ソーラーシティ」だ。
この三つはマスクの中で一つの目的につながっている。「どうせなら人類の未来は明るいと考えながら死にたい」。マスクは環境破壊で人類が滅亡することを本気で恐れている。だからガソリン車を「一日も早く地球上から消し去りたい」と考え、地球に住めなくなった時のために人類を火星に移住させようとしている。
もちろん、最初は誰もが「金持ちの道楽」だと思っていた。リーマンショック前後には資金が枯渇し、テスラもスペースXも事業継続が困難なところまで追い込まれた。この時、マスクは「最後の一ドルまで会社に使う」と腹をくくり、動揺する社員にメールを打った。
「どうか、あなたの上司のために働かないでください。人類の未来のために働いてください」。テスラとスペースXは危機を乗り切った。
一六年七月にはスペースXの宇宙船ドラゴンが国際宇宙ステーション(ISS)に部品を搬送し、上空で分離した打ち上げロケットは地上に着陸した。
ロケットが炎を上げながら垂直に着陸する様子は、まるでSF映画を見ているようだ。帰還したロケットは消耗部品を取り替えれば何度も打ち上げを行うことができる。使い捨てだった従来のロケットに比べ、打ち上げコストは飛躍的に安い。スペースXの実力はNASA(米航空宇宙局)の仕事を頻繁に請け負うところまで来ている。
驚くべきは設立から十四年しか経っていないベンチャー企業が、国家の領分だった宇宙開発で実際に仕事をしていることだ。スペースXは一六年四月「無人宇宙船ドラゴンを早ければ一八年にも火星に向けて打ち上げる」と発表した。我々は「国家を超えるベンチャー」の誕生を目の当たりにしているのかもしれない。