その場は謝罪と会社への報告でどうにか収まったが、後日担当者いわく、その後も3日にわたって同じ内容のクレーム電話が入り続けたという。
箱の角のわずか1センチメートルほどの湿りが、ここまで人を執拗にさせるものかと、担当者ともども言葉を失った。
「母の形見なんですよ」
物損に関するクレームで、今も忘れられないのが、一点ものの思い出の品を届けた際の一件だ。差出人からは「割れ物、取扱注意」の指示があり、緩衝材も規定通り厳重に巻いていた。それでも輸送中のわずかな振動で、故人が生前愛用していたという陶器に、細いヒビが入ってしまっていた。受け取った女性客は、箱を開けた瞬間その場にへたり込み、次の瞬間には玄関先で声を張り上げた。
「母の形見なんですよ。二度と手に入らないのに、あなたたち何を運んでるんですか」
その剣幕に、ただ立ち尽くすしかなかった。詫びの言葉を尽くしても収まらず、「弁償できるものじゃない、誠意を見せてください」「責任者を呼んでください」「お名前と社員番号を教えてください」と矢継ぎ早に迫られ、最終的には玄関先で深く頭を下げ続けるほかなかった。
荷物そのものより、その中に込められた「もう取り戻せない時間」が壊れてしまったことへの怒りと悲しみは、痛いほど伝わってきた。
ここで一つ、業界の人間として伝えておきたいことがある。絵画や思い出の品といった一点もの、あるいはポケモンカードのようなプレミアがついたトレーディングカードなど、高い市場価値がついた荷物についてだ。万が一こうした品物が破損、紛失した場合、運送業者が弁償できるのは、あくまで「購入時の価格」や「材料費相当」であって、市場で高騰した現在の価値ではない。
つまり、10年前に数百円で買ったカードが今どれだけプレミア価格になっていようと、弁償されるのはあくまで当時の価格の範囲内だ。「思い出の品だから、いくらお金を積まれても代わりがきかない」という感情的な価値も、当然ながら金銭では補えない。