「先週は違う車で来ていたな」「今日は制服のボタンが一つ外れていた」――配達員本人ですら気づかないような些細な変化を毎回指摘してくる客がいた。単なる観察力の鋭さというより、常に見られている、監視されているという感覚そのものが、じわじわと精神を削っていく。
土下座とそれを撮る客
この種の客は、要求を少しずつエスカレートさせていくことがある。
時間指定に10分ほど遅れただけで、「誰がこんな時間に来いと言った」「会社に連絡するぞ」と怒鳴られ、玄関先での謝罪では収まらず、土下座を求められたという同業者の話も聞いた。しかも、その様子を相手はスマホで撮影していたという。
その場で頭を下げて終わり、ではない。撮影された映像がネットに晒されるかもしれない。そう考えると、配達員が受けるダメージは、その場だけでは済まない。
安全運転の研修やクレーム対応のマニュアルはあっても、理不尽な客に人格まで踏みにじられたあとのケアについては、これまで十分に考えられてこなかった。カスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」が社会問題になる今、ここも無視できない部分だろう。
一方で、会社側にも難しい事情がある。現場で客と揉めた場合、最も手っ取り早いのは、とにかく謝ってその場を収めることだからだ。会社としても、ことを大きくしたくない。
その対応が、結果として「怒れば要求が通る」という成功体験を客に与えてしまうことがある。