1953年作品(87分)/東宝/11000円(税抜)/(写真は第一部~第三部がセットとなった第一集)レンタルあり

 今回は『次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』を取り上げる。マキノ雅弘監督は一九五二年から五四年の間に全九部にわたる幕末の侠客・清水次郎長とその一家の活躍を描いたシリーズを撮っており、本作もまたその中の一つだ。

 注目は第二部で顔見せ的に登場し、いよいよここから本格的な活躍をみせることになる次郎長の子分「森の石松」。演じるのは、森繁久彌である。

 発売になったばかりの筆者の新刊『すべての道は役者に通ず』は、二十三人のベテラン俳優にそれぞれの役者人生を語っていただいたインタビュー集だが、その中で、何人もの役者たちが目指したり、師と仰いだり、お世話になったりした先輩として名前を挙げていたのが、森繁だった。そうした多くの役者から崇められる名優としての才は、映画デビューしてわずか六年、四十歳になったばかりの本作で既に存分に発揮されている。とにかく、森繁の芸達者ぶりを堪能できる一本なのだ。

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 故郷・清水港を追われて旅に出た次郎長(小堀明男)とその子分たちが、旅の途中で石松と出会ったところで前作は終わっている。そして、本作の冒頭で一家と石松は別れて別の道を歩むことに。

 物語の前半は、石松の珍道中ぶりが描かれているのだが、ここでの森繁の千変万化の芝居が実に素晴らしい。腕が良くてお人好しで、人並はずれたオッチョコチョイ。そして、女性に対しての過度なまでの純情さ――。そんな石松を、森繁は躍動感たっぷりにコミカルに演じている。

 石松は温泉宿の賭場で女賭博師・お仲(久慈あさみ)にボロ負けして「スッテンテン」にさせられるも、その艶やかな腕前に惚れ込んでしまう。ここでの森繁がたまらない。

 お仲を見つめる時の憧れを湛えた眼差し。お仲のことを語ろうとするだけで綻ぶ顔。酔っ払ってお仲の雪駄が脱げてしまい「履かせて」と迫られた時の、お仲の顔を見ることもできないまま履かせようとする全身の強張り。そして、恋が成就したかに思えた時の呆けた表情からの楽しげな歌と踊り――。全身全霊で石松のウブさを表現する森繁の巧みさに、ただただ魅了させられる。

 中でも印象的な場面がある。相方のプレイボーイ・追分の三五郎(小泉博)から「女はな、目で口説くんだよ」と助言を受けた石松は、お仲相手に実践しようとするのだが、この時の流し目がなんとも不自然で。その不格好さは滑稽なのだが、同時にお仲を一途に想う必死さも伝わってくる。それだけに、最後の失恋のペーソスが際立つことになった。

 名優たちが憧れた名優による、若き日の名演技である。