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春日太一とジェーン・スーが語る「デートにふさわしい映画」と「東京のもてない街」

春日太一 ×ジェーン・スー『泥沼スクリーン』対談

note

何?「吸血鬼ゴケミドロ」?

スー ふふふ。読み始めは「紹介されている作品、1本もちゃんと観たことがない!」って不安になりました。いつかは出てくると思いながら読んでいたんですけど……。そのうち「吸血鬼ゴケミドロ」って何? どうしよう、ぜんぜんわからない! なんで「刑事物語2」なの? となりまして。

春日 刑事物語、取り上げたの「1」じゃないんですよね。

スー 「探偵物語」や「野性の証明」、「櫻の園」は時代として記憶にありますし、「吉原炎上」なんかはテレビで観た記憶があります。そういう大作映画か世代的によく観られていた作品だけでした、観た記憶がかろうじてあったのは。「ゴケミドロ」は本当にびっくりしましたよ。何?「ゴケミドロ」? って。

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男子校の部室のノリで「痛さマウンティング合戦」

春日 この本は僕の話だけでは商品として弱いだろうなと思って、ライムスターの宇多丸さんとの2時間半くらいの対談も掲載しました。青春時代の映画を語る、というテーマだったんですけど、互いの「痛さマウンティング合戦」というか、どっちが痛い青春時代だったか競い合うみたいな感じになってしまいまして。我々双方と親交のあるスーさんはどう読まれたか、気になりました。

スー 楽しそうだなぁ、と思いました。デートで観る映画は何が正解かで散々盛り上がってるけど、デートで成功しようという気概はさらさら感じられないんですよ! 「俺たちダメだったよなあ」って、なんか飲み屋の会話みたいで、そこが楽しそうだった。

ジェーン・スーさん ©平松市聖/文藝春秋

春日 まさに飲み屋ですねー。あるいは男子校の部室のノリっていうか。こういうノリって、女性からするとどういう風に見えたりするんですか。

スー 女子校、女子大あがりの私からすると、異文化です。

女子校はファンタジー空間じゃない!

春日 ぼくは高校が男子校だから、逆に女子しかいない空間ってわからないんですよね。だから女子校はファンタジー空間なんですよ。

スー 現実はそんなことないんですけどね。この本では「blue」を始め、女子が出てくる映画がいくつも紹介されていますよね。もちろんファンタジーがどこまで現実に責任を持つべきかはまた別の議論になるし、観ていない作品のことをこう言うのもなんですけど、「出てくる女は、ひどい扱いを受けてるか極端に美しく描かれてるかのどっちかだ!」と思いました。

春日 あー、確かに、両極端ですね。確かにそうだ。そうだな。

スー ものすごく美化された女か、男の無頼を証明する道具としてひどい仕打ちを受ける女ばかり……。

等身大の女性がいない……

春日 そうですね、危ないですね。今気づきましたけど、リアルな、というか等身大の女性のことって全く触れてないですね。……俺、初めて気づきました。

スー 紹介されている映画をひとつくらい観ておかなきゃと思ったんですけど、「徳川いれずみ師 責め地獄」かー、うーん、と思っちゃって。あと春日さん、「女に男惚れする」って何度か書いていらっしゃるじゃないですか。人間として尊敬できる女は、性別が女じゃなくなっちゃうのが不思議でした。 

春日 たしかに、たしかに。「0課の女 赤い手錠」とか「女囚さそり けもの部屋」とかは女性がひどい目にあう系で、「美少女戦士セーラームーンR」とか「スケバン刑事」とかは女性に対して「男惚れ」している。それから「blue」であったり「1999年の夏休み」「櫻の園」では女の子だけの世界をファンタジーとして憧れ、「幕末純情伝」とか「はいからさんが通る」だとアイドルに憧れるとか。そんなのばっかりですね。あとは「ヌードが見たい」とか、松本清張映画を観ては恋愛は怖い、女は怖いって言ってるわけですかね。

スー そうそう。

春日 うわー。自分では気づきませんでしたよ。それで、この本を読んだみなさん、感想を言ってくる時になんかニヤニヤしてるというか……。

スー 好きなものを並べていくと、自分がプロファイリングされちゃうんですね。

初デート映画問題、勃発

春日 宇多丸さんとの対談ではお互いのデート映画の痛い思い出ですごく盛り上がったんですけど、スーさんはデート映画ってどう思われます?

スー 「デートでは映画に行かない」が正解かと。人によって観たい映画は違うし、映画を通してお互いの価値観があぶりだされちゃうのもヘビーだから。いままで付き合いがなかったふたりがいきなり映画に行くのは、過剰にスリリングでしょう。そう言えばすんごい昔の話ですけど、映画好きの子と初めてふたりで出掛けようってなったとき「二十日鼠と人間」に行こうとしたんですよ。

春日 うわー、そこに行きますか。

スー 結局、上映時間を間違えて観られなかったんですけど、代わりに「ザザンボ」を観て。

春日 うわはははは。「ザザンボ」ですか!

スー 「ザザンボ」が観たいっていうのはもともと私もあったんですけど、「ザザンボ」を観たい自分と初デートでめかしこんでいる自分はちょっと違う次元のオルターエゴみたいなもんで、統合させてはいけない。ふわっとしたニットにエタニティの香水を漂わせながら「ザザンボ」を観てしまった。失敗ですよね、当然。何も起こらないですよね、「ザザンボ」のあとのふたりは。1番いいのは「サニー」とかああいう感じでしょうかね。