あの頃、自分が何者なのかキチンと理解できてたら
「でも俺、司とダブルデートした記憶がないな」
「司とのダブルデートは叶わなかったよ。だってウチらすぐ別れたでしょ?」
「まあな!」
「なんか、お互い苦労した青春時代だったんだね。お互い許しあう事にしようよ。それより、今は幸せにやってるの?」
「今はバツイチ子持ちの女性と付き合っていて、たいへんだけど頑張ってる」
「子どもがいると、毎日が明るいだろうね。羨ましいよ。周りはケンジのこと理解してくれてるの?」
「親とは疎遠になって、友達にもあまり言ってない。田舎はまだ理解が進んでないよ」
「理解を進めていかないとね」
「うん……それより、本当ごめんな……」
さくら改めケンジは終始、僕に謝り続けた。きっと当時のケンジは、色んな葛藤を抱えていただろうと思う。それに僕自身、ケンジに謝ってもらう資格なんか無いのだ。
「あの頃、僕がもし、自分が何者なのかキチンと理解できてたら、ケンジの事にも気づいてあげられたのにな」
「俺もそう思う! お互い、良い相談相手がめちゃめちゃ近くにいたって事だもんな! 俺、あの当時は、『なんとかなるべ~』って、そう、自分に言い聞かせて、なんとか生きてた」
「わかる気がする! 僕もそうだったかもしれない」
ケンジの様な悩みをもつ人に対して、今の日本は優しくなさすぎる
この連載を執筆するにあたり、ケンジに改めて電話をした時、もう子どものいる彼女とは別れていた。でも、親が少しずつ理解を示してきてくれているという、嬉しい話もあった。
ケンジはまだ性別適合手術はしていないけど「手術をしない選択肢はないな!」と言っていた。手術のお金も貯まっているようなのだが、手術のための休みがもらえないのだそうだ。「女として採用したのだから……」と会社にも言われてしまったらしく、手術を受けるには仕事を辞めるしかないのだとケンジは言う。
僕からしてみれば、なんだかな……と思うのだけど、ケンジに言わせると仕方がない事らしく、自分を想って、言ってくれた事(その後の仕事や人間関係などを考慮してくれての事)だと受け取っているみたいだ。
トランスジェンダーのケンジと、ゲイの僕とでは立場も悩みも全然違う。でも、ケンジと同じ様な悩みをもつ多くの人に対して、今の日本の制度や、社会の環境は、優しくなさすぎると思う。