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殴られることよりも、自分が嫌いなことのほうが辛かった

 当時の僕は、殴られた日は「今日は運が悪い日」と思うようにしていた。先生には「お前が男らしくしていないから、からかわれるんだ」と注意をうけていた。自分では普通にしているつもりでも、「オカマ」や「ブリッコ」と言われてしまう自分が嫌いで、殴られたりすることよりも、自分を嫌いなことの方が辛かった。

 今僕は、当時理解を示してもらえなかった先生や、僕を傷つけた人を恨んではいない。自分をいじめの被害者だとも思っていない。いや、正直に記せば、あの頃の自分が被害者だった、と思いたくないのだ。

 

 僕が「被害者」になると、おのずと「加害者」がうまれてしまう。当時の彼らを加害者として責め立てたい、という気持ちには、どうしてもなれない。もしも加害者がいるとすれば、それはきっと、“社会の差別や偏見そのもの”であって、彼らではない。

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 それに、こんなふうに考えられるようになったのは、あれから15年以上も時が経って、僕の頭の中でいろいろなことが整理されたからであって、イジメはもちろんあってはならないことだ。暴言で人の心を傷つけること、ましてや暴力なんてものは、この国の法律では許されてはいない。

自分に合った戦い方、生き方をみつけて

 もし今イジメを受けている人、辛い想いをしている人がこの連載を読んでいるのならば、勇気は必要だけど、とにかく一人で抱え込まないでほしい。信頼できると思った近くの人に、助けを求めてほしい。「どうせ僕が(私が)いけないんだ、だからいじめられてもしょうがないんだ」と自分を卑下せず、それぞれが、自分に合った戦い方、生き方をみつけて、一歩踏み出してほしい。きっとできる。僕はみなさんの勇気を信じている。

 大人たちにも言いたい。もちろん全ての大人ではない。イジメを「子ども同士の問題」と軽く扱い、もみ消したり放置したりする、そんなやり方や体質にはうんざりする。気丈に振舞おうとする子どもたちの笑顔の裏にある悲しみや苦しみを、理解できないような大人ならば、そんな人間のアドバイスなどいらない。

 僕は一番辛い時期に、大人たちに人間性を否定されるような言葉を投げつけられた。今、そのことを恨んではいない。でも、放たれた言葉は一生忘れることもない。

他人を呪ってでも生きようとした

 当時、相談できる人を見つけられなかった僕が思いついた、自分に合ったイジメとの戦い方は「呪術」だった。自分の手を汚さず、僕を殴る人間を、呪い殺してしまおうと本気で考えていたのだ。今思うと引いてしまうような話だが、当時の僕はそのために黒い本を読み漁っていた。自分の手は汚れなかったが、心が汚れた。ただ、そうやって、必死に生きようとしていたのだと思う。

 

 とにかく苦痛でしかなかった学校生活に、光をもたらしてくれたのは司だった。司のまっすぐな眼差し、そして脇毛に魅了され、恋に落ちてしまった。司に会うために、学校に通った。司がいれば何も怖くなかった。司が離れていってしまうこと以外は。

 司に彼女ができたとき、僕は、大きなショックを2つ受けた。それは司に彼女ができたことに対するショックと、司に彼女ができたことにショックを受けている自分へのショックだ。自分が何者なのか、よくわからなくなってしまったのだ。

 司と秀美が早く別れるようにと、願わない日はなかった。しかし、司と秀美は、僕の期待を裏切って、中学卒業後もしばらく関係が続いた。そして、僕と司はそれぞれ別の高校へと進学することになる。

(#10「生活指導室」は3月21日(木)掲載予定です)
(この連載を最初から読む)

写真=平松市聖/文藝春秋

僕が夫に出会うまで

七崎 良輔

文藝春秋

2019年5月28日 発売