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連載僕が夫に出会うまで

ゲイであることを隠すために付き合った女友達が、十年後に教えてくれたこと

あの頃知っていたら、お互いの味方になれたのに……僕が夫に出会うまで #9

2019/03/14

たまたま僕たちが付き合ったのは「奇跡」ではない

 ケンジと僕が付き合っていた過去があり、それが実はトランスジェンダーとゲイだったというと、「奇跡の組み合わせ」のように思われるかもしれないが、そうではないのだと僕は思う。「当事者に会ったことがない」「身近にそんな人はいない」という人が多くいるが、それは間違いだからだ。

 人権先進国では、多くの人が「当事者が身近にいること」を知っている。カミングアウトをするかしないかは個人の選択で、正解はない。ただこの国に、カミングアウトを「したくてもできない」人が多いのは、日本の社会が不寛容すぎるからだと思う。

 僕はケンジと会話をしながらこんな事を考えていた。

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 ケンジと僕で、タイムマシンに乗り、中学時代の自分達に会いに行く。そして中学生のケンジと僕を思いっきり抱きしめて「大丈夫だから!」って言ってあげたい。

 ただ、「未来は明るい」と言うには、もう少しだけ、社会は変わらなくてはならない……そんなことを考えていた。

 

卒業アルバムの撮影の日に髪を切り落とされた

 僕にとって、中学時代の、いい想い出と言えば、「司への片想い」と「生徒会活動」しかない。中学の卒業アルバムも捨ててしまった。なぜなら、卒業アルバム用の個人写真の撮影日に、ある男子に前髪とモミアゲをハサミで無理やり切り落とされてしまったからだ。

 最近、中学時代の同級生にその卒業アルバムを見せてもらった。アルバムに写る僕は、髪を切られ、ヘンテコな髪形にされていても、気丈にも、笑顔を見せていた。大人になってから自分で見ても、かなりのショックを受けてしまう写真だ。

 先に記したように、当時は廊下で殴られ、息が止まるのも、何度も経験したし、トイレで胸ぐらを掴まれ、顔に唾を吐きかけられたこともある。殴られたり蹴られたりした痣や、シャープペンを刺された痕は今でも消えていない。いつも不意に殴られていたものだから、25歳を過ぎる頃まで、背後に人が立つだけで、ギクリとしてしまうようになっていた。