毎日新聞夕刊で小説「人間」を連載しているピースの又吉直樹。『火花』で芥川賞を受賞し、2作目『劇場』で恋愛を描いた又吉は、小説で何を表現しようとしているのだろうか――。時代、表現、そして自分について語るロングインタビュー。(又吉直樹インタビュー#1より続く)
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僕が感じている「今の時代」
――表現者の中には、時代というものを意識して表現される方もいれば、時代とは関係なく表現される方がいると思います。そこに優劣はないと思いますが、又吉さんは前者だと思うんです。又吉さんは今、時代ということについてどんなことを感じてますか?
又吉 「時代を表現によって予見しよう」ということは考えてないし、「トレンドを乗りこなそう」って気持ちも全然ないんです。ただ、自分がここで生きている限り、自分自身のことを描こうとすれば、今の時代を描くことになってしまうと思います。そこで僕が感じているのは、いろんなものがグチャグチャになって、次にどういうふうになるかわからない時代だなということで。それは僕たちが関わっている仕事もそうですけど、会社に終身雇用される暮らしというのも破綻してきてますよね。4年制の大学を卒業して、一流企業の会社に就職して、結婚して車とマイホームを買って、ローンを払いながら定年を迎えて、あとは年金で暮らしていく。誰かがデザインした「日本人の幸福」みたいなものがかつては存在していて、ドラマでも映画でもそういう幸せが描かれてきたけど、それはもう破綻しつつある。
芸人というのも、僕が子供の頃に見ていたお笑い芸人の仕事とは内容がだいぶ変わってきてますよね。同世代の中で頭角をあらわしてきたやつがトップを獲り、冠番組やコント番組をやって、いわゆる「売れた」という状態になる。そういうイメージでしたけど、誰かが突出して天下を獲るとかではなくて、皆がメシを食えていて。昔はテレビに出ている芸人さんなんてそんなにたくさんいなかったですけど、今は「何組おんの?」という状態で、そうなると今までと同じやりかたを続けてても無理ですよね。それは僕たちの世界に限らず、今は不確かな時代だから、自分で考えていくしかないですよね。
――そんな時代を生きているんだという感覚と、表現をすることは、又吉さんの中でどんなふうに繋がってますか?
又吉 優れた小説というのは、個人のことを描いていても、なんとなく社会全体のことが見えてくると思うんです。それか、大きいことを論じているように見えるけど、そこに暮らす人たちの生活が見えてくる。でかい視点だけで書かれたものは、「最近の若者は」と語るのと同じような曖昧さがあって、信憑性がないですよね。反対に、個人の気持ちだけが綴られていても、そんなふうに感じることになった社会的な背景がいまいち見えてこなくて、それもまた嘘くささが残る。そう考えると、良いものには両方の視点が含まれてると思うんですよね。どんな暮らしも時代の中に存在することやし、どんな過酷な状況下でも生きてきた人間がいる。そうやって言葉にすると、「あるものがある」というだけのことかもしれないけど、そこで嘘を書くと、そこにあるはずのものがなかったことになるんだと思います。