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又吉直樹はなぜ小説を書くのか、小説は世界を変えられるのか?

ピース又吉直樹・上京インタビュー#2

2019/03/23

source : 文學界

genre : ライフ, 読書, ライフスタイル

note

「ピース」という言葉の意味

――以前、又吉さんはジョン・レノンに扮したコントをされていたこともありますけど、ジョン・レノンというアイコン的存在がこれ以上ないシンプルなメッセージで戦争反対を訴えても、世界から戦争をなくすことができなかったわけですよね。そう考えると、じゃあどうやって表現で世界を変えるのか、すごく難しい時代になっている気もします。

又吉 言葉というのは、たとえ慣用句であったとしても、時代や受け取る側の状況によって、響きが変わると思うんですよね。僕らは「ピース」ってコンビ名でやってますけど、僕らがコンビを組んだ頃に「ピース」って言葉から連想するものと、2019年に「ピース」と聞いて連想するものも違っているはずだと思うんです。ピースというコンビ名は、「平和」(peace)とも「欠片」(piece)とも言ってなくて、あくまでカタカナ表記の「ピース」なんですけど、「ピース」という言葉から連想されるものって、やっぱり戦争やと思うんです。平和というのは、戦争と戦争のあいだにある状態を指す言葉じゃないですか。それは戦争があることを前提とした言葉で、その世界における「ピース」って、めちゃくちゃ幻想的な言葉やと思うんです。そのコンビ名をつけたとき、自分でも屈折してるなと思ったんですけど、僕は「ピース」って言葉が好きじゃなかったんですよ。それは平和が嫌いだということではなくて、「ピース」という言葉の鈍くささや曖昧さが嫌だったんです。でも、言葉というのは、同じ言葉でも鑑賞する側次第で響きが変わってしまう。僕がこの時代に「戦争反対」と言ったとしても、誰かにとっては何も言ってないに等しいことかもしれなくて、じゃあどうするのかってことですよね。それは小説を書くことと似てるなと思います。

 

――似てるというと?

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又吉 これは「火花」で書きましたけど、居酒屋のトイレに「諦めるな」みたいなメッセージが貼ってあるじゃないですか。ああいう貼り紙を見ると、余計に諦めたくなるわけですよ。どこもかしこもそんな言葉で溢れていたら、「今の時代、諦めることが当然やから、こんな言葉が溢れてるんだ」と思ってしまう人たちがいた場合、その人たちが諦めずに済む表現は何かってことですよね。「諦めるな」みたいなことばかり言われて嫌気がさしている奴らの内面に変化を起こさせる言葉というのは、やっぱり誰かが書くべきやと思うんです。どの言葉をどう組み立ててどう配置すれば響くのかを考えるというのは、小説を書くことと似ているような気がします。