――この定跡は、私も見習わなければならない。〆切に追われたとき、原稿がちっとも進まないとき、私は食欲もなく、居間のちゃぶ台の網カゴに入っている豆菓子なんぞを適当にぽりぽり貪っていたが、よくよく考えると、それではハトと変わらぬではないか――、「ハト科」ではなく「ヒト科」に生まれたのだから、私もこれからは、豆ではなくカレーを食べなければならない。(以上約2秒)
タカハシ君、クラスの和を乱してはいけません
ちなみにランチどきのレストラン・ザ・ビストロは、ホテル椿山荘を利用するハイソサイティー&セレブリティーな客で溢れており、その中で、明らかにアレな風貌の私が、独りでカレーを頬ばって感電し、脳をフルスロットルで高速回転させており、仮にその脳内で哲学的思考が成されていたとしても、端から見たら非常に危険な客である。私は小学生のときの担任、加藤先生を想起した。タカハシ君、クラスの和を乱してはいけません。そうだ、レストランの風紀を乱してはいけない。私は残りのカレーを手早く平らげ、早々に退店したのだった。
この後、記者控え室を訪れた私は愕然とした。佐藤名人が昼食に注文したのは、ビーフカレーではなく、鰻丼であった。なんということだろう、再度資料を確認してみると、昨年度の名人戦で佐藤氏がビーフカレーを注文したのは、初日ではなく2日目であった。高橋自称九段、ここにて二歩に匹敵する痛恨の凡ミス――、残念ながら鰻丼はもはや腹には入らず、あえなく頓死である。が、チョコレートケーキは的中し、ビーフカレーは2日目の昼食で注文するはずなので、それで勘弁して頂きたい。
して、結果として、名人戦の食事をA賞作家が予想し、自腹で食べてレポートをするという前代未聞の新ジャンルを開拓してしまった。我ながら、連載化してもいいほどの斬新な企画であると確信している。よってどこかの出版社、ないし新聞社が、連載化するべきである。
すると名人戦に同行した私が、常磐ホテル、天童ホテルと、各地で食事を堪能し、原稿も仕上がり、そこに読者がいるかどうかは知らぬが、ビジネス的にはウィンウィンの関係であり、そうなれば、私の少年期の夢「くいしん坊!万才」のレポーターになる夢も、殆ど叶ったようなものである。
写真=平松市聖/文藝春秋