家業を継いで青物市場の問屋で働いていた若冲
本書では、若冲の初期の絵から、その死の直前までの作品が彼の人生とともに丁寧に読み解かれていく。若冲の絵と、彼が模写したり、参考にした先人の絵が並べて配置されているので、若冲の作品がどこから着想されたのかがわかりやすい。
「若冲が個性的というのは、誰もが感じられることだと思いますが、どれほど個性的だったのか理解しようと思ったら、彼が何を参考にして自分の絵をつくっていったのかを知る必要があります。ふつう模写をすると、模写の絵は死んでしまうのですが、若冲が模写すると原本よりも生き生きとしたものになる傾向があります。それは、自然を生命力のあるものとして描きたいという気持ちが若冲にはあって、それが模写をしても彼の絵に現れてくるのだと思います。若冲の絵は、ニセモノをつくるのがとても難しいんです。マネして描こうにも、肉眼でできる最大限の細かい描き込みがあるからです」
青物市場の裕福な問屋の跡取りとして生まれた若冲は、40代で家督を弟に譲るまで、家業を継いで働いてもいた。マーケットの、生き馬の目を抜く世界でのストレスを、現実にはない美を追求することで、若冲は精神のバランスをとっていたのではないかと佐藤さんは考える。
「武家と違って、一介の商家の出身の若冲には残っている資料はあまり多くありません。残っている作品こそが、画家が何をしていたかをいまに伝える最大の証拠です。本書はその一つの解釈です。本書を読んでくれた方が、“まるで推理小説のように面白い”と褒めてくださいましたが、私にとって、美術史は推理小説よりもずっと面白い世界なんです(笑)」
さとうやすひろ/1955年、宮崎県生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、東京国立博物館、文化庁を経て、現在東京大学文学部教授(美術史学)。『もっと知りたい伊藤若冲』『湯女図』『絵は語り始めるだろうか』など著書多数。