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「肉体の一部」の表現を懸賞募集

 たしか社の号外は吉蔵の切り取られた肉体の一部を『局部』と報じたと記憶しているが、一応事件の全貌が判って見ると、小坂氏は、『肉体の一部』の適当な表現について考えこんだ。

 ソコで編集局内に貼出して懸賞募集をした。

 各部からワイワイ持ちこまれなかに、採用されたのが『局所』。『部』を『所』に置き替えたのである。これがなんと貴族院担当の老記者T氏の案であった。もって社内の人気のほど推して知るべし。

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『局所』を持った阿部定はどこに逃げたか。ラジオに号外に帝都はたちまちにしてお定旋風の渦巻だ。庶民は時代の緊迫感も一時は忘れ去った如く、お定の汚れた話題に一ときの"うつ"を晴らしたものである。

 翌くる19日。お定の手配は早朝から帝都はじめ近県、熱海、名古屋、大阪方面までかの女の手懸りのあるところほとんど全国に跨り、写真2万枚がバラ撒かれた。その手配を抜書して見る。

 殺人容疑者 本府人 阿部定31

 身長5尺位、痩形、色浅黒く面長、頬こけ口大にして、一見水商売風、歯黄く、歯並にすき間あり。

 著衣。うずらお召、鼠地に銀箔のウロコ形飛模様のついた単衣の襦袢、ちりめん水色無双の長襦袢。帯、薄卵色の竪縞のあるしゅすの昼夜帯。下駄、桐表つき駒下駄、卵色の鼻緒つき

 常に用ゆる偽名田中かよ、黒川かよ、阿部かよ、田村加代、吉井昌子

 尚、犯人は温泉地その他において、女中酌婦の経験あり、特に温泉地を警戒されたし。

愛の独占を決意した犯行

 話は戻るが、犯行は18日払暁と認められた。11日から1週間も流連したお定、吉蔵は、あらゆる情痴の世界に生きながらも、どんらんの恋はもはや終着駅についていたのだろう。

 吉蔵も相当なうなぎ屋の主人公であり、立派な妻子もある。僅か数ヵ月の交際であるお定の変質な恋愛生活からのがれたい気持も生れてきたのであろう。家庭に帰りたいそぶりが見えると、お定には一層その独占欲が高まる。かの女は男の着物をかくして帰宅するのを警戒した程だ。

 お定は遂に吉蔵を殺して、愛の独占を決意して、18日の払暁に吉蔵の首を自分の細紐で絞め殺し、愛欲の名残りを惜しんで、『定・吉二人きり』と吉蔵の血で認めたのだ。

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