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連載昭和の35大事件

恋人の「局所」を切り取った阿部定事件の真相――逮捕直後の写真で阿部定は笑っている

死体には『定・吉二人きり』の血文字

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア

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家運の傾きを機に始まった、お定の数奇な人生

 もう師走も余日少い22日。折からの初雪がチラチラと降ってゐる廷外、お定は寒々とびんのおくれ毛をハンケチであげながら、裁判長の 読みあげる科刑の理由にジッと耳傾ける。

 お定の法廷記者として、妖艶なかの女を解剖したⅠ記者はその日のかの女を描いて『木枯しのなかの一本の冬の花』と書いていた。

 細谷裁判長の読み上げた科刑の理由要旨を拾って見よう。

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「被告は長期の淫奔的生活に堕したる結果、乱淫性の習癖者となり、加うるに年齢的にも爛熟期に達したる上、たまたま本件被害者がその習癖に興味を持ち、これを遺憾なく満足せしめたるため、その痴戯に対し、急激かつ極端なる愛恋執着を感じ、軽度の精紳障碍により衝動的になしたる犯行なりということが出来る。

 しかしながら人命の尊重、社会的風教上に及ぼす影響などから、にわかにその科刑軽きを正しとなすべからず。

 他面、本件犯罪については被告者が齢不惑の域に達しながら、自己の家庭境遇などを顧みず、十数日間被告の乱淫性を認識し、且つこれに興味をもって、ただただ痴戯玩弄物たるに甘んじ、その習癖を満喫せしめたるをもって、本件犯罪に対し重大なる素因を与えたことは到底看過し得ない。

 さらに本件が社会の焦点となったのは、殺人行為そのものにあらずして、その死体損壊及びその後の行動の特異性である。

 本件につき人命の尊重すべきこと、社会風教に及ぼしたことを重要視すべきは勿論だが、これに膠着し、過酷に鞭つことは当を得ない。

 しかれども本件を恋愛の極致なりとし、また心中殺人に近き行為なりと速断し、科刑の極めて軽きを妥当と思惟するは具に正しからず……」

 お定は一審で服役、栃木刑務所を出たのが、昭和16年。その後舞台に立ったり、伊豆山温泉のマダムをつとめたり更生の途をひたすらにあゆんでいる。

出所後の阿部定

 神田新銀町に徳川時代からつづいた古いのれんの畳職阿部重吉の四女に生れたかの女は、小学校時代から遊芸を仕込まれて、いわばおんば日傘で育ったのだ。それが少女時代に家運が傾き芸者に出たことから、かの女の数奇な一生が始められたのだ。

 当時浦井検事はかの女を解剖して、

「我儘、虚栄心強く濫費性、傲慢で勝気、意地張りで怠惰性あり。破壊性、衝動性、好奇性あり、飲酒、喫煙の習癖。意志弱く耽溺性、熱しやすく、さめ易い等々の反社会性、犯罪性を持つ……」

 といったが、かの女の純真性には同情を惜しまなかった。

 作家長田幹彦氏はかの女のために、更生の温い力を与えているという。いま浅草の『星菊水』という料亭に女中として、忙しくたち働いているかの女は、時折、短冊を手にして腰折れをサラサラと認め、お客さんを喜ばせている。

 時代が生んだお定。昭和一代女お定は、さすがに過ぎにし過去の生活を断ちきるため、名を『昌子』と改めた。痩形のすらりとした肩に、くすんだ声にかの女は五十路の坂にたったが、まだその妖美を騒がれた昔の俤は生きている。平和にそして幸福に浅草の灯に生きようとしているかの女お定――。

       (毎日新聞紙面審査室勤務)

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

※表記については原則として原文のままとしましたが、読みやすさを考え、旧字・旧かなは改めました。
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