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連載昭和の35大事件

恋人の「局所」を切り取った阿部定事件の真相――逮捕直後の写真で阿部定は笑っている

死体には『定・吉二人きり』の血文字

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア

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真相を知らずにいた男の末路

 2人は午前11時ごろ西巣鴨2の1989緑屋旅館に現われて、2階4号室に落ちついた。お定は洗い髪を夜会巻にするため、ピンとヘヤーネットと打紐を買ってもらった。

 注文の品を持って女将が二階の部屋の襖をあけると、お定が泣いていたので間が悪くなって帳場にそそくさと帰った。

 階下に降りてきたお定はお風呂を焚いてくれと頼んだが、手がないからと断ると金はいくらでも出すからと風呂を焚かせて、入浴。その時かの女は部屋が気に入ったから下宿に置いてくれと頼んでいる。追手をのがれて大宮氏としばしの愛の巣と考えたのだろう。その時女将は賄つき月25円だが、空間がないから断っている。その休憩料を5円札で払い2円20銭、1円をチップに出している。貨幣価値を300倍とか400倍といっても当時の5円札は値打ちのあったものだ。

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 ここを出てから大宮氏は文部省の校長会議に出ている。大宮氏は捜査本部でことの真相を知り教育者として自責の念に堪えず早速電報で辞表を出し退職した。

 後にお定は公判廷で『大宮さんは清らかな人でした。あの方の同情で私は心から更生の道をたどろうとしたのに……あの方にご迷惑をかけました』と泣いて詑びていた。

 この日午後3時ごろ芝区新橋六の四古着屋あずまこと中島忠作方に現われた。2度目の変装である。このころ尾久の捜査本部や各警察署にはお定らしい人相の女が現われたという電話が幾度かかかってくる。猟奇の殺人犯もいよいよ網の眼がせばめられた。

 ここでは鼠色縞の金糸菊花模様の名古屋帯、黒地に茶の堅縞の横条のセルの単衣、羽二重絞りの帯揚の3点を12円で買った。

 お定は古着屋の奥の一間をかりて着換えて横浜へ行くとそそくさと出て行ったと妻女のあきさんが近所の交番に届け出た。