「人を助けたい」という気持ちが強かった
――私はそのお話を聞いてしまうと……逆に、久保先生がおられたからこそ、ご自身がトップにいけないことを悟ってしまって、辞めてしまったという部分もあったのではと思ってしまうんですが……。
「いやー、僕はそうは捉えてなかったんです。彼はですね、親はプロ棋士になって欲しかったんですけど、本人は隠れて家で勉強してたんで(笑)」
――普通は逆ですよね(笑)。普通は親に勉強しろって言われても、隠れて将棋を指すのに。
「だからやっぱり、他にできることがあったというのと、すごく性格が優しかったので『人を助けたい』という気持ちが強かった。
そのことを、医者になった後に聞いたんですよ。医者じゃなくても、ボランティアでも何でもいいからって……。勝負師としては、難しいじゃないですか。そういう気持ちがあると。
ずーっと出世も、僕が追いかける側でしたからね。三段になったのも僕が後で……やっと追いついたと思ったら、いなくなったという……。
僕は特に勉強ができたわけでもなく、他にやりたいことがあったわけでもなく。そして将棋が好きだったので。それが全てなのかな、と」
もう少しで手が届くという時になって……
――将棋を好き、という気持ちが……。けれど久保先生も、将棋を指すのがつらくなった時があったとうかがっています。メンタルトレーナーの指導も受けられたとか。
「ええ……初めてメンタルトレーナーの先生に話を聞いてもらった時に、『楽しそうじゃないね』って言われたのが、僕の中で印象的で。もうA級にいたんですけど、苦しんで話しているうちに、そう見えたんでしょうね。きっと。
『強いのかもしれないけど、楽しいですか?』って聞かれて。『いや、楽しいって感覚はないですね……』と(笑)。
当時は、順位戦やっていても、夕休の時にもう心臓ドキドキしたりとか。そういう状況で『楽しくないでしょ?』って言われて『確かに……』。『100回やって100回勝てる勝負やって楽しいですか?』と。『勝つか負けるかわからない勝負をするから楽しいんでしょ?』と。そこから、負けることに対する恐怖が少しずつなくなっていったと思うんですけど」
――負けることも楽しみの一つなんですね。いつ頃から「勝たなければ!」という気持ちになっていったんですか?
「それは、トップクラスの方と対戦して勝てるようになってきた頃ですね。『もうすぐトップが見える……!』というような時が、一番『勝たなきゃ!』っていう気持ちが強かったと思います」
――頂上が見えてきたからこそ、そういう気持ちになるんですね。
「そうですね。下にいた頃は、そこまでの実力も持ってないので、そんな気持ちにもならないんです。でも、もう少しで手が届くという時になって、そういう感情になってきたのかなと」