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特集観る将棋、読む将棋

2019/06/01

若い頃は「技」がトップに来ると思っていたんです

――ただ、普通は「技」の部分が圧倒的に足りないことが多いじゃないですか。そこが足りていると思えたのはやはり、どんなに苦しい時でも将棋盤と向き合い続ける日々があったからなんでしょうか?

「僕も若い頃は『技』がトップに来ると思っていたんです。『技・心・体』だと思っていたんですけど……。

 長い歴史を経ても『心・技・体』という言葉が残ったのは、やはりその言葉を作った人は、順番にも意味があると考えていたんじゃないかと。そういう言葉だと僕は解釈しています。

 だから最終的には、そこを鍛えないと、トップには……本当のトップには行けないよというものが、『心』なのかなと」

――頂上にある鍵穴は、心の形をしていたんですね……。

2010年、棋王戦第5局で佐藤康光を破り、初防衛に成功した久保 ©共同通信社

 5度目の挑戦で羽生善治から王将のタイトルを奪い取った久保は、佐藤康光から奪った棋王位とあわせて一気に二冠王となる。2010年のことだった。

 振り飛車党が二冠を持つのは実に37年ぶり。大山康晴十五世名人以来の快挙。

 久保は将棋界という高い山の頂上に立ったのだ。

 だがその2年後。久保はその2つのタイトルを失い、さらにA級からも陥落する。しかもその全てをたった1ヵ月のあいだに経験したのだ。

 将棋の神様が与えた試練……と言うには、あまりにも苛酷な1ヵ月だった。

――私たちが普段、暮らしている中でも、たとえば家から出て途中で鍵を忘れたことに気付くと「ああー……」って、一気にやる気が無くなるじゃないですか。

「ふふふ。ええ」

――それを久保先生はゴールまで行って、そこから一気に落とされるという……。

「一番下まで落とされますからね」

©白鳥士郎

自分がずっとライバルだと思っていた人は……

――立っている場所が高ければ高いほど、落ちた時のダメージも大きいはずじゃないですか。それでもまたすぐに歩き出すことができるのは、なぜなんでしょう?

「そうですねぇ……幸か不幸か、他にやりたいことがなくて。自分の中では『幸』だったと思うんですけど。

 たとえば、自分がずっとライバルだと思っていた人は……」

――立石さん?

「そうです! 彼は頭もよかったので……それに、人を救いたいという気持ちも持っていたので、病院で働く道に進みました。優しい人でしたから……」