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「振り飛車が不利だとは思っていない」第一人者だからこそ貫くAI時代の将棋観

「振り飛車が不利だとは思っていない」第一人者だからこそ貫くAI時代の将棋観

久保利明九段インタビュー『最後の鍵を探して』 #2

2019/06/01
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――話を最初に戻しますが……森内先生に敗れてA級から陥落した翌2017年、久保先生は誰よりも早くA級復帰を決め、さらに王将のタイトルも奪取なさいました。このV字回復の要因は何だったのでしょう?

「クラスが落ちたということは、自分の実力が足りないからだということはわかっているんです。けどそれ以上に『まだ上に行けるだけの実力はある!』という自信が、自分にあったのだと思います。

 そういう気持ちがなかったらやっていけないとは思うんですけど(笑)」

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第65期王将戦、久保利明九段は郷田真隆王将からタイトルを奪取した ©相崎修司

「こんな成績では壇上に立てません」と言ったら……

――苦しい状況でも前向きな気持ちでいられるのは、ご自身の心が鍛えられたこともあると思うんですが、応援してくださる方々のおかげとも語っておられますよね? 久保先生の地元である加古川の方々が激励会を開いてくださったり、同郷の井上先生がご一門の旅行に誘ってくださったり。

「ええ」

――でも……なかなか自分が弱っている時って、他者からの厚意を素直に受けられないこともあるじゃないですか?

「葛藤はしますよね。旅行も『2泊3日や』と言われて、3日間はきついと思って、2日目に合流させていただいて(笑)。

 激励会の時も、どんな顔して行ったらいいんだって思ったんですけど。全部手放して行かないといけないですからね。でも『そんな時だからこそみんな応援してるんだから』と言ってくれたので、心が楽になりました」

――久保先生が「こんな成績では壇上に立てません」と言ったら、関係者の方に「こういう時こそ激励会ですよ」と言ってもらって。温かいですよね。

「実はその方が、2年前に亡くなってしまって……」

――えっ……!

「それがすごいショックだったんです。ずっと……亡くなる直前まで『王将は絶対に防衛しないといけない!』と奥さんに言っておられたというのは、伝え聞いていて……。

 その方のためにも頑張ろうと思って防衛戦に挑んだのは、憶えています」

日ごろからファンサービスにも余念がない ©白鳥士郎

周囲の変化にどう対応しようとしているのか

 A級復帰・王将奪取の翌年。

 最強の挑戦者・豊島将之(現名人)の挑戦を受けた久保は、充実の内容でそれを退ける。この年、久保は名人挑戦プレーオフにも進出した。

 しかし2019年2月、渡辺明(現二冠)の挑戦を受けて失冠。4連敗の、ストレート負けだった。

「最も苛酷なリーグ」と評される王将戦リーグを勝ち抜いて来る挑戦者は、文字通り、その時の将棋界で最強の挑戦者である。名人への挑戦権を争う順位戦A級在籍棋士が10名いるのに対して、王将戦リーグの定員はわずか7名(残留4名)という狭き門である。

 特に渡辺の強さは驚異的だった。34歳にして8割という自己最高勝率を叩き出し、順位戦は全勝でA級に復帰。棋王位も防衛した。

 けれどその前年、渡辺はドン底にあった。勝率は4割台。順位戦では久保を相手に詰みを逃して負け、B級1組への陥落を経験している。

 なぜ渡辺は復活できたのか?

 それは渡辺が、それまでの「固く守り、細い攻めを繋げる」棋風を捨て、コンピュータの指す「バランス重視」の将棋を身に付けたからだとされる。