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特集観る将棋、読む将棋

「さばきのマエストロ」「サウザー」「ハニーワッフル」……久保利明九段が好きなもの

久保利明九段インタビュー『最後の鍵を探して』 #3

2019/06/04

「さばきのアーティスト」の異名を持つ、振り飛車党のトップ棋士・久保利明九段。インタビューの第1回、2回では、何度でも這い上がる久保の「折れない心」の背景、振り飛車へのアツい思いについてお話をうかがいました。

今回は、少し趣を変えて、好きな漫画から「粘りのアーティスト」の師匠、振り飛車ソフトの未来まで、ファンが気になる話題をとことん質問しています。

――実は私は普段、子ども向けの小説を書いておりまして。西遊棋の先生方にご監修いただいているのですが、実はその中で久保先生がモデルのキャラも登場したり……。

「マエストロですよね(笑)」

――!?!?!?!?

「かっこいいですよねぇ。ファンです(笑)」

ご本人から「ファンです」と驚きの発言が ©白鳥士郎

――か、かっこいい振り飛車党を登場させようと思って、久保先生をモデルにさせていただいて……他にも色々と詰め込んでしまいまして……。

「ゴキゲンの湯とか、そのあたりの設定も面白いですよねぇ」

――(どこまでご存知なんだ……?)

続々と護摩行に挑戦する若手棋士たち

 関西将棋界を舞台にしている『りゅうおうのおしごと!』には、久保をモデルにしたキャラクターも登場する。その異名は「さばきのマエストロ」。もちろん元ネタは「さばきのアーティスト」だ。

 タイトルホルダー・A級棋士でありつつ実家の銭湯兼将棋道場「ゴキゲンの湯」を経営し、ジャズを愛する振り飛車党である。

 ジャズ好きの設定は、ゴキゲン中飛車の創始者である近藤正和六段がジャズ好きであるところから採用した。

 では、なぜ銭湯を経営しているのかというと……。

――「さばきのマエストロ」が銭湯を経営しているという設定は、久保先生の護摩行から着想を得て、火を扱う仕事をさせたくて……。それでおうかがいしたかったのは、久保先生が護摩行をされてから、若手の方々も続々と挑戦しておられますよね。たとえば関東の藤森哲也五段。

「みたいですね。後で人伝に聞きました」

――藤森先生は奨励会で精神的にどん底だった時に、久保先生が護摩行に行かれた話を思い出して、江ノ島の別院でもやっていることを調べて。直接お寺に出向いて頼み込んで護摩行を受けたそうです。

「四段になる前に聞いたのかなぁ? 『奨励会でなかなか上がれなくて、気合いを入れるために久保先生と同じとこに行ったみたいですよ』って。根性あるなと思いました!」

――久保先生はその当時、藤森先生とご面識は?

「いや全く。話したこともなかったんですけど……」

©文藝春秋

いつの間にか行っていたんですよ

――焼けただれた顔を見たお母さまの藤森奈津子女流四段が「その思いを忘れないために、写真を撮っておきなさい」とおっしゃったそうです。あと、小林健二九段門下の冨田誠也三段も護摩行に挑戦していますよね?

「ああ、冨田くんもそうですね。一緒に研究会をしているんですが、僕が護摩行の話をした……のかなぁ? いつのまにか行っていたんですよ。『行ってきます』も何もなしに」

――ええ!? 研究会をしてるのに、ですか?

「もう奨励会を辞めてしまったんですが、福間健太三段とも研究会をしていて……」

――関西将棋会館の近くに最近開店した「将棋barルゥク」の店長・福間貴斗さんの弟さんですね。

「ええ。その福間くんには、護摩行の話をしています。それで彼も実は行ってるんです。だからきっと冨田くんは、福間くんに聞いたんだと思います」

――護摩行を終えた冨田三段を見た時、私は「人でも殴ったのか!?」と思ったんです。顔もですけど、手までボロボロじゃないですか?

「僕も顔は焼けただれたようになりましたけど、あんな風にはなりませんでしたよ。冨田くんが研究会に来たときに、拳がボッコォってなっていて……。包帯もしてなかったので焼けた痕が見えるんですよ」