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「振り飛車が不利だとは思っていない」第一人者だからこそ貫くAI時代の将棋観

「振り飛車が不利だとは思っていない」第一人者だからこそ貫くAI時代の将棋観

久保利明九段インタビュー『最後の鍵を探して』 #2

2019/06/01
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 久保と同じ振り飛車党の天才・藤井猛九段は、かつてこう語った。

「自分が変わっていなくても周囲の変化によって成績が下がることがある」

 渡辺はフォームチェンジによって時流を掴んだ。その渡辺に敗れた久保は、戦法の流行という周囲の変化にどう対応しようとしているのか?

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 それとも……そもそも対応するつもりがないのか?

羽生さんも昔は振り飛車を指して、普通に勝っていました

――現在はプロの中で振り飛車党が少なく、戦法的に受難の時代のように見えますが……。

「基本的には、それはもう何十年も変わってなくて(笑)。

 やる人がほとんどいなくて、トップクラスには1人か2人いればいいみたいな状況がずーっと続いてきてますので。

 ただ、だからその戦法がダメだとは全く思っていなくてですね。やる人が少ないだけだと。

 羽生さんも昔は振り飛車を指して、普通に勝っていましたからね。戦法がダメなんじゃなくて、やる人が少ないだけなんです」

「振り飛車がダメだとは全く思ってないですね」 ©文藝春秋

――久保先生はタイトル保持者やA級棋士の中でほぼ唯一の振り飛車党という期間が長いわけですが、異質な故に狙い撃ちされるようなことはあるのでしょうか?

「狙い撃ち……ということはないと思います。居飛車党の人は基本的に居飛車の研究をしています。僕と当たる時だけは振り飛車も研究するかもしれませんけど(笑)。

 僕は普段から振り飛車の研究だけをしていますから。だから狙い撃たれている感覚はないです」

――そうなってくると、プロ棋士の中で振り飛車党が少ないというのは、何が理由だと思われますか?

「やっぱり、人と同じことをやってるのが安心だからじゃないですか? たとえば100人いたとして、自分以外の99人が同じ方向に向かって歩いていたら、1人だけ逆方向に向かって歩いて行くのを結構イヤがるじゃないですか。日本人って」

僕は人と違うことをしたいと思ったので

――そうですね。普通は、とりあえず他と同じように行動します。人と違うことをするのは怖いですし、できればやりたくないですから。

「でも僕はそっちの方が心地よかったりするんですよ。逆に行く方が。

 人と同じであることを『快』とする人がほとんどだと思うんですけど、僕は人と違うことをしたいと思ったので。人と違うことをやりたくて将棋界に入ったので。だから、将棋界の中でも人と違うことをやりたいなと(笑)」

――……驚きました。お話しさせていただいていて、久保先生は非常に穏やかな方だという印象を受けたのですが……反骨精神のようなものをお持ちなんですね?

「反骨精神ではないんですよね。多数派に絶対勝ってやろうとか、そういうことじゃないんです」

――じゃあ、ただ単に多数派は居心地が悪い?

「そうですそうです! 普通だなぁって思っちゃう(笑)」

――居飛車党の羽生先生が長くトップにおられて、若手はその棋風のみならず勉強方法まで真似するような状況がありました。必然的に、似たようなタイプの棋士が増えてきたように見えます。

「下の子たちは当然トップと同じことをしますよね。だから居飛車党の棋士が多いのは、振り飛車党がトップに行っていないからというのも理由なんです。

 いっとき、自分が二冠まで行った時は、奨励会員の子に聞いたらやっぱり『振り飛車とかゴキゲンとか、すごく流行ってます!』と言っていたので」