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黒い鞄からフィナンシェが……長手数の激闘を制した永瀬拓矢七段の「将棋めし」哲学とは

黒い鞄からフィナンシェが……長手数の激闘を制した永瀬拓矢七段の「将棋めし」哲学とは

「将棋めし」から観る叡王戦 #1

2019/06/09
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劣勢を認識すると、糖分を摂取して脳にガソリンを注ぐ?

 ……永瀬七段、盤前ですごい勢いでおやつを食べている。しかも前局よりもかなり早い時間からである。鞄から際限なく取り出されるおやつ。持ち時間を使い切り秒読みになった頃にはドーナッツまで登場した。どうしたの? 永瀬先生そんなに大食漢キャラだった?

 永瀬七段は、それこそバナナに注目が集まる以前はあまり大食いのイメージがなかった。上にぎりさび抜き、ミックス雑炊納豆追加など注文にこだわりを求め、スポーツドリンクやバナナなどのサイドメニューで積極的に糖分を摂っていく求道者タイプだと思われていた。しかし、永瀬七段がとんでもない健啖家だという事実は、後々しっかりと定着していくことになる。

 結果は188手というまたしても長手数で菅井七段の勝利となった。

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 この日の対局は、終盤危なげな状況になったものの、中盤以降は菅井七段が優勢であった。もしかしたら永瀬七段は劣勢を認識すると、糖分を摂取して脳にガソリンを注いでいく傾向があるのかもしれない。

 しかし本局の決め手は肉だったか? 納豆も同じたんぱく質ではあるし、おやつも豊富だったが、やはり腹持ちやエネルギーの高さから肉のほうが粘り合いには有効なのかもしれない。

 これで挑戦者決定戦は1-1のタイになった。泣いても笑っても次で運命が決まる。

千駄ヶ谷の東京将棋会館 ©文藝春秋

菅井七段はロールケーキを一気に平らげた

 第3局は同じく東京将棋会館、開始時間は15時から。振り駒の結果、菅井七段の先手となり、戦いを先導する立場となった。戦型は第1局と同じく対抗型相穴熊。持久戦である。しかし、同じ戦法だからといって同じ棋譜にならないのが将棋である。将棋の研究は日々進化し続けている。一度経験した相手、戦型ならその深さは尚更であろう。

 スポンサーから提供されたロールケーキを食べるタイミングはどうだ。先に手を付けたのは永瀬七段だが、少しずつ食べている。バナナ等も控えているから急いで食べずとも問題がないか? 菅井七段は一気に平らげた。急速に糖分を欲するほど難しい局面なのだろうか。

 運命を決める対局を支える注文は、菅井七段が第2局と同じく「豚肉のしょうが焼き単品」。直前のインタビューで「自分の力を発揮できることが理想」を語っていた。「いつも通りに指せれば問題ない」という意識の表れだろうか。

 それに対し永瀬七段の注文は十八番「ミックス雑炊納豆追加」に、なんと「から揚げ3つ」を追加していた。

 やはり第2局での食事量の少なさを実感したか。永瀬七段はインタビューで「立て続けに3局ということでお互いのことがわかってきたのかなという印象」と語っていた。この対局の展開を予測したうえで、あえてのから揚げ3つ追加なのか。それとも、第1局での菅井七段の注文を意識し、「オマエを食ってやるぞ」という気合の表れなのか――。普段ほとんど食事注文に変化をつけない永瀬七段が選択した「から揚げ3つ追加」は、果たしてどう対局に影響が出るか?