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特集観る将棋、読む将棋

将棋の「もう一人の藤井」。藤井猛九段は、何がすごいのか?

高野秀行六段に聞いてみた――『将棋「観る将になれるかな」会議』番外編

2019/07/26

「藤井システム」は将棋の常識とは真反対にある

高野 将棋のセオリーは、玉を囲うこと。守りの桂馬は早く跳ねない。そして攻める順番は「歩→銀」の順番です。この「藤井システム」はそういった常識と真反対にあるので、普通は「こんなのでうまくいくの?」と思うはずです。

岡部 しかし、実際はわずか47手で投了に追い込んでいます。

高野 この局面は後手が8四飛車と浮いた26手目ですが、実際にはここから3手(▲3五歩→△同歩→▲2五桂)で、後手を実質的に崩壊させているんですよ。

岡部 すごいことですよね。この藤井システムが登場したとき、棋士の間ではどういった感想が持たれたのでしょうか? 新手が出たときには「たまたまうまくいったんじゃないの?」といった懐疑的な意見が多いとも聞きますが……。

高野 たしかに「穴熊にせず急戦にされても対応できるの?」といった疑問もありました。ただ、作ったのが藤井猛さんだから、きっとすべてに対応できるんだろうという意見が多かったと思います。

岡部 つまり偶然ではないと。

高野 そうです。それくらい「藤井猛という人が作ったから」という信頼度は高い。というのは、藤井猛さんは、本当に常人では想像できないくらい序盤を研究しているんですよ。そんなことを、こちらの対局からご紹介します。

図は73手目、先手(室岡克彦)▲5七玉まで

藤井猛という人の底はどこにあるのか

高野 これは1994年(平成6年)の棋聖戦で、先手が室岡克彦六段(当時・現在七段)で、後手が藤井猛五段(当時)です。

岡部 藤井システムが登場する前年の対局ですね。

高野 先手の室岡さんは、序盤研究の第一人者のひとりとされる先生で、佐藤康光九段にもっとも影響を与えた人ともいわれているんですよ。

岡部 つまり序盤の探求者同士による対決だったと。

 

高野 そういうことですね。それでこの局面ですが、先手の室岡さんはこの局面になれば、先手の勝ちと研究していました。しかし後手の藤井猛さんは、ここからわずかな時間で△8三金として勝った。

岡部 つまり、それは研究の範囲だったと?

高野 そういうことです! あの室岡さんの上を行った! もうどれくらい研究しているのか、藤井猛という人の底はどこにあるのか、多くの棋士が驚いたんです。おそらく一生日の目をみない新手もたくさんあるに違いありません。

岡部 そんな人が作り上げた「藤井システム」だから、きっとあらゆる対策がされているだろう――。プロの棋士のみなさんもそう思ったと。

高野 そういうことですね。

「藤井システム」はガラス細工のように繊細に作り上げられているという

他の人には使えないんですか?

高野 「藤井システム」のすごさは、今まで勝てなかった振り飛車を勝てるようにした点がまずひとつ。そしてもうひとつのすごさは、藤井猛にしか使いこなせない点にあります。

岡部 他の人には使えないんですか?

高野 藤井猛さんくらいの研究量と感覚、アイデアがないと指せないんですよ。たとえば、矢倉とかなら、序盤の三十数手など多少手順が違っても、なんとかなるんです。でも藤井システムの一手、一手にはすべて意味があって、なんとなく動かす駒がひとつもない。その順番にもすべて意味がある。これを指しこなすのは、藤井猛さんにしかできないんですね。

岡部 本当に特別な作戦なんですね。

高野 「藤井システムもどき」を指す人はいますが、本当の藤井システムを指す人はいない――。これはつまり「藤井猛VS全世界」ということになるんです。

岡部 どういうことですか?