世間の目を気にしながら生きてきた日本人。しかし「何を恥ずかしいと思うか」には人によって差が――酒井順子さんのモヤモヤ解消エッセイ『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』より「感謝にテレない世代」のパートを特別公開します。

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『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』2019年8月7日発売

 学生時代に所属していた運動部の後輩達が、親だの仲間だのに対する「感謝ハイ」のあまりうっとりしていることがしばしばで、恥ずかしくなる……ということを、前にも書きました。とはいえそんなシーンに私も慣れてきたので、学生達が感謝に陶酔(とうすい)する姿には、もう驚かなくなっていたつもり。

 しかし先日、部のとある集いに参加したところ、私を悶絶(もんぜつ)させるシーンに出会ったのです。それは、ほどなく卒業する4年生の男子が、「皆さん今までありがとう」的なスピーチを述べた時でした。彼は結びに、

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「僕が最後に感謝したいのは、お母さんです!」

 と、宣言。その後で彼がやおら母親を壇上に呼び寄せたかと思うと、彼女を熱く抱きしめたではありませんか。

 会場は、戸惑いに包まれました。そこには、大学の総長からOB・OGに保護者、現役学生までがいたわけですが、特に私を含め中高年のOB・OGは、言葉を失ったのです。「母と息子の抱擁」という生々しい姿を目の当たりにして、私などは混乱のあまり、

「どどど、どうしたらいいんですかねこういう場合?」

 などと、よくわからないことをつぶやき続けた。

 トロンとした目で壇上から降りるお母さんは、きっと私と同年代でしょう。世が世なら、私も壇上で息子にハグされて、イっちゃいそうになったのかもしれません。

©iStock.com

このエピソードを話した友人の思わぬ反応

 後日、その話を興奮気味に友人に語ったところ、私は「えーっ、ありえない」という反応を期待していたのに、彼女は全く動じませんでした。それどころか、彼女の高校生の息子が所属するラグビー部では、

「3年生が引退する時は、一人ずつお母さんをお姫様抱っこして、記念撮影をするのよ。脚をきれいに伸ばして写るために、みんな事前に、抱っこされる練習をするの」

 と、瞳を輝かせて語るではありませんか。

 ハグ、そしてお姫様抱っこ。母と息子(それも精通済み)のスキンシップは、今やそんな段階まで進んでいるのです。ほどなくチューもしくはそれ以上の行為に進んでしまうのではないかと、要らぬ心配が募ってくるではありませんか。