「愛情」もギブアンドテイク
夫や子供への愛は、一方通行で良いはずがなく、やりとりされるべきもの。……という意識を持つ母親達にとって、息子からのハグやお姫様抱っこは、やりとりの一部となります。「苦労かけたな」との夫の一言で50年の苦労をチャラにする、などという精神構造はもはや持っていない彼女達ですから、夫からのプレゼントや、初月給で子供からご馳走してもらったディナーをSNSにあげたりすることによって、それまでギブに次ぐギブだった愛情をテイクすることができるようになるのです。そして息子からのハグやお姫様抱っこは、もはや夫とのスキンシップが「無理」となっている妻達にとっては、最高のテイクとなるのではないか。
その理屈はわかっていても、母と息子の交情シーンを見た私がなぜ恥ずかしくなるのかといえば、「古い人間だから」。我が両親は恋愛結婚だったものの、父親が母親よりも10歳年上だったので、二人の感覚はかなり違いました。父親は、昭和一桁の生まれの、元軍国少年。対して母親は、戦後教育を受けて育った自由人。私の中には、両者の感覚がまだらに存在しています。
もちろん、父親は母親に対する愛情表現などしません。兄もまた、思春期になれば、金八先生の時代の人らしく「うっせーババア」の道へと素直に進み、「育ててくれてありがとう」などという台詞(せりふ)とは無縁で育つ。子供の頃を除けば、母親とのハグなんぞ一度もしたことがないと思われ、その肉体に触れたこともなかったのではないか。
私ももちろん、「育ててくれてありがとう」という発想すらなく、大人になりました。父親が私のブラジャーやパンツを洗うなどということは想像だにしたことがないし、「洗ってあげる」ともしも言われたとて、断ったであろう。私の両親は既に他界していますが、やはり昭和人らしく、
「孝行したい時に親はなし……」
などと思っているわけです。
母の思いが成就する時
そんな育ちであるからこそ、私は母と息子のスキンシップに、赤面します。親子が仲良くするのは、とても喜ばしい。しかし私の中に存在する昭和一桁の魂が、親子のハグに対して、「欧米か!」と小さく叫んでいるのです。
親を人前でハグできるのだから、今時の若者は、人前で恋人との濃厚なラブシーンを披露できるのかというと、そうでもなさそうです。若者の恋愛離れ現象は、各種調査からもうかがわれるところ。そういえば昔は、電車内でいちゃいちゃしたり、路チューする若いカップルをよく見たものですが、今や路チューなどするのは、意気盛んなおじさんやおばさんの不倫カップルくらいなのです。
親より恋人を大切にしていたバブル世代が若かった頃は、「恋人がいない」という状態を、恥としていました。クリスマスや誕生日を一緒に過ごす相手を必死で探す、といった現象が見られたものです。
しかし今の若者達は、恋人がいないからといって、どうということはなさそう。実家で家族とケーキを囲む方がよっぽど楽しい。お母さん、楽しいクリスマスをありがとう……と、平然としている。
子供が自分から離れられないように、とのお母さん達の戦略は、ここでも成功しているのでした。彼等がそのまま素直に育って、母親のシモの世話までやり切った時、お母さん達の思いはいよいよ成就されるのではないかと思います。
〈追記〉
その後、「anan」において坂口健太郎(1991年生まれ)が、「母親に会ったら絶対にハグするんです。肌の触れ合いはすごく大事だと思っています」と語っていた。女性誌において人気俳優が「母親との肌の触れ合いを大切にしたい」と躊躇なく語ることができるという事実に、改めて時代の変化を感じる。