金本位政策が生んだ思わぬ“政治的破綻”
安達とともに「協力内閣」運動を推進したものは、乾分格の中野正剛や山道襄一(幹事長)は固より、党顧問の富田幸次郎、松田源治らであった。それに野党的政友会の怪物幹事長久原房之助も呼応した。安達が最後の決定行動をする前には、安達をめぐる策士達は当時政界財界を通ずる顔役的存在として著名だった某大実業家の私邸をアジトとして謀議を進めた。その某実業家が謀議の黒幕であったかどうか、さらにその某実業家の背後に“ドル買い筋”があったかどうか、それらはいずれも明白ではない。しかし安達の運動が仮に“ドル買い”筋に直接ヒモを引いていなかったとしても、ドル買い合戦によって引き起こされた未曽有の金融逼迫に苦しんだ産業界から有力無言の支持を得ていたであろうことはいうまでもあるまい。
そう考えて見ると、さらに、安達叛逆のスポンサーが誰であるかは必ずしも重要でないことにさえなって来る。井上準之助によって強行された金本位堅持の方針は、その技術的施策においては成功し乍らも、政策の生んだ副作用はついに思わぬ政治的破綻として現われるに至った。言い換えれば井上はその強引な施策によって知らず知らず自ら掘った溝に転落したものといえるのである。斯くてドル買い事件は終った。世間では“三井のドル買い”として喧伝されたけれど、その本質は以上説明する通り純然たる経済問題であった。“三井のドル買い”などは日本金本位制度の終末を賑やかした泡のような一場面にすぎない。それ以来本来の形における金本位制度は日本から全く失われた。今後も再び甦えることはないであろう。
(時事新聞論説委員)
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