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連載昭和の35大事件

2019/10/13

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治

所謂事業なるものは大凡物騒な事業をなす集団であった

 かくする中に2日、3日と日は過ぎて、仕事の準備のためのいろいろな道具や乗物の手配は完了して来たのである。

 この事は共産党の行動として世間に知られては都合が悪いので、石井君は、別に市井の不良青年を同伴して、これと共に行動することが良策であるとの申出をし、一同これを諒承した。

 当時の私らの組織されていた家屋資金局の事業部たるその事業ということは、普通社会で云われる営利事業を、党が一面行い、その得た利益を、活動費にリターンする組織の如き名称である。事実、大塚君も、党がダンスホールの如き、またタクシーの如き事業を行っていると云っていたが、実際後になってみれば、この事業部の所謂事業なるものは大凡物騒な事業をなす集団であった様である。私がテキやに潜入した如く、石井君は市井の“あんちゃん”を操縦していたらしく、従って彼がそのうちにこの計画に織り込む人間を動員したのであろう。

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 当時は甚だ不景気な時代であり、経験と暖簾をもつ一般の営業者でも、仲々事業を維持することが困難な時期であったから、他に目的をもち、しかも経験に乏しい若僧が、堅気の事業等継続でき得る筈がない。これらは一種のカモフラージュに過ぎなかったのであるが、当時気の立っていた私にはそんなことすら見極める余裕もなかったのである。

床に向って拳銃を発射し、強い響が、高い天井に木霊した

 いよいよ当日となった。中村と私と石井の紹介した青年とは変装のバーバリーコート、眼鏡、拳銃を各々身につけて、差し廻された党の自動車に乗り、銀行に向った。銀行の手前で車を捨て、勝手口の方に廻って、銀行内部に這入ると石井の調査報告の通り、勘定された札束が机の上に積み上げられている。3人は支店長の前へ進み、各々拳銃を出したが、映画のように手を上げる者もなく、支店長は流石に落着払っている。そこで中村は床に向って拳銃を発射し、強い響が、高い天井に木霊した。また1発中村の発射に依り、支店長も事の重大を覚悟したものらしく、私が机の上の札束をボストンバッグに詰込むまで声はなかった。

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 申合せた通り私が先ず銀行を出た。私の逃亡を見届けて後中村等が逃げることになっていた。事は型通りに運んで行ったが、私が勝手口から出ると、巡査が狭い勝手口の露路から這入ってくる。多分誰かが交番に知らしたのであろう。その幅一間足らずの通路で私と警官は、私の差し出した拳銃を中心に一廻りして私は通りに出ることが出来た。

 そこへタクシーの如く党の自動車が来たのでそれに乗り、車中変装道具を捨て、ボストンバッグもそのままに、大森駅でタクシーを降りると、大塚有章君が儀式の帰りらしくモーニング姿で河上芳子さんまで同伴して待っていた。彼等も恰も流しのタクシーを拾うかの如く乗車した。

 私は大森駅から省線で新橋まで行き、そこからタクシーで池袋アパートの自宅へ帰ることが出来た。間もなく中村も帰って来た。2人はその無事任務達成を喜び合った。