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連載昭和の35大事件

バーバリーコートに拳銃 “ギャング共産党事件”の犯人が明かした、真相のすべて

負わされた任務の重圧に耐え難い様子であった

2019/10/13

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治

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早晩検挙されるものと覚悟はしていた

 間もなく号外の鈴がけたたましく鳴り、大森ギャング事件として帝都の新聞は大々的に報道した。新聞の名は忘れたが、ある新聞紙をみると探偵作家の江戸川乱歩氏等がこの事件のために座談会を開き、検討されているなかに、『数人のギャングのなかで、金銭を所持した者が先に逃げると云う手段は、普通の犯罪ではなく、多分政治結社の行動である』と断定されている。これを読んで私達は次第に身に近づいた危険を知ったのであるが既に任務は果され、あとはどれだけ逃げ得るかと云うことのみであり、早晩検挙されるものと覚悟はしていた。

 翌10月6日大塚君がアパートに来て、2人に、共産党中央委員会はこの英雄的行動に心からの感謝をすると共に爾今中村と私に正式党員としての資格を与えると云う伝達があった。

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 然し検挙は私の予想した如く案外早かったのである。今泉はこの銀行から取った金で、武器の大量購入を計画していたものらしく、10月8日夜密輸業者との会合の際検挙され、私と中村も、危険を察知して、わざわざ住居を移した、芝公園の中村君の知人宅で検挙された。

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 石井君も引続き逮捕され、大塚有章君のみが翌年正月5日に街頭連絡中捕縛され、ここに共産党ギャング事件は一段落となったのである。

末端において斯様な事態を惹起した者は、共産党から直に除名

 さてはこの事件の批判は各方面から活発になされてきた様子であるが、佐野、鍋山氏も事件を契機として急転向したようである。転向声明中にも共産党が労働者農民の組織から遊離して小ブルジョア化し、破廉恥的行動に出るようになったことが指摘された上に、かような傾向の由って以って発生する根源は共産党の民族感情の無視と、具体的な日本の政治経済事情の認識不足から来た結果であると結論されていたようである。

 また当時の共産党からは、党は絶対に斯様な行動を指令せず、若し党の末端において斯様な事態を惹起した者があるとすれば、直に除名する旨の声明がなされたようである。

 事実当時の中央委員中の主要メンバーは風間丈吉氏、岩田義道氏と松村某と3人であった。

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 この松村某は、ギャング事件後に熱海の党大会で、幹部が検挙された後も、姿を現さず、遂に共産党の公判にもその本名すら判らない謎の人物となっている。

 私たちが昭和10年判決を受け小菅刑務所に服役中にも、石井君等は風間丈吉君と『松村はどうした』と云う疑問を含む会話が交されていたことを側で聞いたことがある。