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連載昭和の35大事件

2019/10/13

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治

銀行襲撃前に執行委員長から激励の言葉が

 果して謎の人物松村は当局のスパイであったであろうか。共産党の側からは松村が現れないことは、本事件が支配階級が共産党の信頼を失墜せしめるために党内に派遣した真正のスパイに依る活動であった、と責任を当時の敵に転稼せしめる有力な材料としているようである。しかしながらはたして松村以外の者が斯様な行動を是認し得たとすれば、その責は松村一人ではない。現に私が小菅刑務所に服役中、この事件に関し、当時の指導者達からの命令について聞いた処に依ると、事件前から既に党幹部はこれを知り、尚具体的には、銀行襲撃前に執行委員長自ら激励の言葉を与えたという事実すら耳にしたのである。

 この事件の風評上最も気の毒な汚名を蒙った者は、今泉善一君である。彼は松村と直接の連絡を取っていた上級幹部であったから本事件の最高責任者として最も重い刑を課せられていた。

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 その上、戦後間もなく出版された河上博士の自叙伝中にも『今泉君は纏った学問をしたこともなく、言ふに足るべき闘争経歴も持ち合せて居らず……二十二歳の若さで党生活一ヶ年にも満ちて居なかったのであるが、一たび松村と連絡がついてからは、松村は彼の奸智に長けてゐる所を見込んで、この若者は大いに利用するに足ると考へぐんぐん重用し始めた。かくて彼は党の中央部の指導的地位にまで経登(のしあが)り、最後には中央委員の候補とされてゐた。……大森事件後最初に逮捕された党員が今泉であったと云ふことは、官憲にとって頗る好都合な運合(めぐりあわ)せであった。彼は意識的スパイとして這入ってゐた訳ではないが実際には最上のスパイたる役割を果し……本来のスパイ松村等をして其の仮面を脱ぐことを後々まで留保せしめることが出来た』と書かれてゐる。

事件関係者のその後の消息は

 しかし、当時の検挙後の官憲の自白強要は甚だ強圧的であり、現に私が本事件で警視庁の留置所に拘禁されているその隣りの部屋に一人“ぼっち”で留置されていた中央委員岩田義道氏の如きは、実際に私の見ている前で死骸となって運び去られて行った程である。青年今泉君は恐らく四囲の事情止むを得ざることを悟ったと思われる。今泉君は小菅服役中も孜孜として勉学し、私に和辻博士の『原始仏教の実践哲学』を読むことを勧め、この書物の中に盛られている観念形態について実に深い洞察を下していたことがあったが、詳細は省略する。

 ついでに、その後の事件関係者の消息を語ることを許して頂けるならば、石井正義君は昭和16年ふとした風邪がもとで獄中他界し、中村経一君は出獄後、英文学と西洋史の翻訳に克明な筆をとって居ったが、数年前に亡くなった。

 大塚有章君は刑期満了後満洲に渡り、彼地で処を得て居られると聞いていたが、終戦10年未だ内地に帰還されていない。

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 本事件のなかに謎の人物として登場した中央委員でスパイと云はれている松村某については、いろいろな人から本名、経歴を聞いたが特に秘したい。

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

※表記については原則として原文のままとしましたが、読みやすさを考え、旧字・旧かなは改めました。
※掲載された著作について再掲載許諾の確認をすべく精力を傾けましたが、どうしても著作権継承者やその転居先がわからないものがありました。お気づきの方は、編集部までお申し出ください。

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