死体の背広内ポケットに入っていた名刺入れ
筆者はその頃大森山王に住んでいたが、いつも乗っていた大森駅北口の人力車駐車場の車夫がきて、本門寺近くの踏切で殺人事件が起ったと知らせた。この車夫は筆者が東京日日新聞の社会部記者であることを知っていて、今まで轢死や火事などを急報してくれたことがある。ちゃんと人力車まで引っぱってきていたので、筆者はさっそくその車で現場へ駈けつけた。ちょうど検視が始まっているところだった。
「署長殿、こんな名刺があります」
死体の背広の内ポケットから、名刺入れを探し出した刑事が、びっくりした顔で1枚の名刺を署長に渡した。
「なんだと、東京地方裁判所検事石田基だと」
大森署の署長をはじめ、臨検の一同は愕然として顔を見合せた。同時にただの変死でないと一様に考えたといっている。筆者もまた何かしらそうした勘がピンときた。
水中から引きあげられた死体を見ると、左の靴がぬげている。中折帽は水の中から発見されたが、靴は見当らない。ある刑事が、
「犯人と格闘をした時、どこかへ飛んだのではないかしら」
と首をかしげた。だが、入念に探しているうち、死体のあった現場から3メートルばかり離れた草むらから発見された。
これは容易ならぬ事件と感じた署長は、刑事に命じて警視庁と東京地方裁判所検事局に、近所の民家から電話をかけさせた。丁度ラッシュアワーで、満員の電車の窓から、乗客たちが顔を出して驚きの視線を投げていった。
致命傷は下顎部の横2寸ほどの裂傷
1時間後には、検事局から吉益検事正、司法省から立石刑事局長、警視庁から吉川鑑識係長、出口強力犯係長、恒岡警部、その他石田検事の同僚たちが、あわただしく自動車で駈けつけてきた。
吉益検事正は、変りはてた石田検事の顔をのぞきこみながら、
「昨夜は一緒に、愉快に酒を飲んだがなあ」
と、感慨ふかく言った。また同僚たちは、
「石田君は、とても用心ぶかい男で、電車や汽車に刎ねられるような人じゃないが」
と、この不慮の死に対して、ある疑いをもった。
死体は午前10時すぎ、自動車で大森署の楼上に運ばれ、警視庁の加藤医師が綿密な再検死をした。そして致命傷は下顎部の横2寸ほどの裂傷である。このほかに左前額に擦過傷程度の傷があり、左の肋骨2枚が折れている。この傷は30日の午前3時から4時までの間に受けたものである。と発表した。また花枝夫人は、蟇口や時計やその他の持物を調べて、盗まれたり紛失したりしている形跡はないと証言した。