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プロパガンダに利用されやすいアートでもある――津田大介が「平和の少女像」を美術館に展示したかった理由

津田大介インタビュー #2

2019/11/07
note

「個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた」という指摘

――わかりました。話を戻しますが、「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた」という検証委員会からの指摘、要は公私混同していたんじゃないか、という点についてはいかがでしょう。

津田 単に僕が個人的な野心で成功させたいのであれば、不自由展はやらないですよ。ジェンダー平等というテーマが話題になったおかげもあって、前売りのチケットは2倍の売れ行きで、お客さんに来ていただけることは分かっていたので。

「情の時代」というテーマの中で博物館的に不自由展のような企画を入れることに意味があると考えたから、作家を尊重しながら実行したということに過ぎません。検証委員会が「キュレーションとしてもジャーナリズムとしても稚拙だった」と言っていますが、あれは明らかに言い過ぎです。キュレーションに問題がなかったとは僕も言いませんが、稚拙と言われるほどひどくはない。そして何より検証委員会は「条件が整い次第、すみやかに再開すべきである」と評価しています。しかし、騒動の責任は追及しないといけないから、大村(秀章)愛知県知事や愛知県の責任を切り離すためにキュレーションとガバナンスの問題を必要以上に強調せざるを得なかったのでしょう。僕は全く同意していません。

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 実際に内覧会で見た美術評論家やメディア関係者の中には「いろいろ見たけど、ここのコーナーが一番面白かった」「この企画を実現したのはすごい」と絶賛する人もいました。炎上後、その人たちは沈黙してしまいましたけど。本当にキュレーションが稚拙だったのなら、専門家である彼らが絶賛する理由がないですよね。事前の説明が足りなかったという部分もセキュリティの理由からそうせざるを得なかったわけですから。中間報告ではそうした事情が一切考慮されていません。

 

――今回は、最終的に文化庁からの助成金不交付の問題まで起きました。公金が使われる芸術祭の展示としてふさわしくないという批判が根強くありますが、こういった意見についてはどう思われますか?

津田 公金を使った支出として適当ではない、この意見には一定の世論の支持があると思いますし、そう思う人が多いことそのものに理解できる部分はあります。でも憲法21条を守るんだったら、僕は大村知事と同じく、公金を使った展示こそ行政は内容に関与すべきではない――つまり「金は出すが口は出すべきでない」という立場をとります。公金を使う展示内容に一定の制限がかかるのであれば、それ以外の法律を参照する場合があると思います。例えば、覚せい剤を展示するとか、幼児虐待を示す映像であれば刑法に、明確なヘイトスピーチを含む内容であればヘイトスピーチ解消法に拠って対処する。

 それでも、公金を使う場合に何かしらのガイドラインが必要だと言うならば、誰がどのような権限で基準やフィルターを作るのか。事前検閲に当たらないように透明化しなければおかしい。河村市長は「日本人の心を踏みにじるものだ」と批判されましたが、日本人である僕はあの作品の背景を知っているので、別に作品を見ても傷つきません。そもそも納税者ほど多様な集団はいないわけで、納税者の意見を1つに集約するなんてできませんよね。その多様な声を多様なままに表現し、コミュニケーションできる場を税金でつくるのが行政の文化事業の役割なんじゃないでしょうか。この点、大村知事はこの原則を最後まで貫かれていると思います。

 

――あいちトリエンナーレの会期中には、私も現地に3回足を運びました。その他にも興味深い作品がたくさんあったのに、どうしても不自由展の話になってしまう。例えばジェンダー平等についても、かすんでしまったという側面はありませんか?

津田 これは僕の中でも複雑な、正直に言えば忸怩たる思いはあります。注目は集まったけれども、不自由展のみにフォーカスされる。僕も記者会見や取材で、可能な限り個別の作品について答えるようにしてきましたが、メディアは不自由展にしか興味がない。というか、不自由展を取材していた多くの記者は文化部ではなく社会部の記者でしたから。彼らはそもそも現代美術に詳しくもないし、興味もないと僕は感じました。

 今回はあいちトリエンナーレ史上最高の67万人以上という動員数を記録しました。そして、あまり語られてないことですが、実は個々の作家に焦点を当てた記事も前回までのトリエンナーレより増えているんです。アーティストや関係者の人たちには非常に申し訳ないことをしたという思いがある一方で、自分が芸術監督としてできることは、とにかく人を連れてきて見てもらうことしかないとも思っていました。

豊田市の喜楽亭。シンガポール出身の作家ホー・ツーニェンの「旅館アポリア」が展示され、人気を博した。 ©辻田真佐憲