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清水の舞台から飛び降りる思いで書いた長篇『エ/ン/ジ/ン』

――『桐畑家の縁談』(07年刊/のち集英社文庫)はタイトルからも分かる通り、家族の話。『冠・婚・葬・祭』(07年刊/のちちくま文庫)はまさに冠婚葬祭にまつわるお話が収録された短篇集。そして『平成大家族』(08年刊/のち集英社文庫)は、日常や家族といったテーマの集大成のような作品だったな、と。90歳過ぎの姑と、夫婦と、三十路の引きこもり息子が暮らす家に、破産した長女家族と離婚した次女が戻ってくるという。

桐畑家の縁談 (集英社文庫)

中島 京子(著)

集英社
2010年4月20日 発売

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冠・婚・葬・祭 (ちくま文庫)

中島 京子(著)

筑摩書房
2010年9月 発売

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平成大家族 (集英社文庫)

中島 京子(著)

集英社
2010年9月17日 発売

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中島 『平成大家族』はそれなりに社会問題を盛り込んで、パンチをきかせて書いたものなので、自分としては本当に決め球を投げたという感じがしました。これである程度、しばらく続いた現代の一風景的なものは、ちょっとお休みしてもいいかなという気持ちでした。それで、次に書いたのが『エ/ン/ジ/ン』(09年角川書店刊)だったんですよね。今、文庫では『宇宙エンジン』(角川文庫)というタイトルになっているんですけれど。

宇宙エンジン (角川文庫)

中島 京子(著)

角川書店(角川グループパブリッシング)
2012年8月25日 発売

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――そう、『エ/ン/ジ/ン』が出た時に、中島さんのなかで何か変わったな、という感じがあったんです。これは久々の長篇で、一人の青年がある女性と出会い、彼女の父親探しを手伝うことになる話。彼女が物心ついた時にはもう父親はいなくて、どこの誰かすら分からない。母親は認知症が進んでいて何かを訊き出せる状態じゃないんですが、父のことを人嫌いの「厭人(エンジン)」と言っていたんですよね。1970年代のテレビ番組『宇宙猿人ゴリ』の話が出てきたりと、あの時代の空気を感じさせる内容です。

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中島 短篇ばかり書いてこっそり長篇を書く時間もとれなくて困っていた時に、『野性時代』から連載で長篇を書かないかと言われたんです。それでもう、清水の舞台から飛び降りる思いで書きました。『宇宙猿人ゴリ』は私が小学校に上がるか上がらないかの頃に放送されていて。あの奇妙な感じが強烈に残っていたんです。70年代は公害が大問題になっていた頃なので、時代を反映して公害と戦う人たちが出てきたりして、不思議な子ども番組だったんです。タイトルも最初は『宇宙猿人ゴリ』だったのが、悪役がタイトルなのはおかしいとクレームがついて『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』になり、最終的には『スペクトルマン』になって。あれはなんだったんだろうと気になっていて、学生の時にそのことについて書いた短篇があったんです。あの小説の中では小説内小説みたいな感じで出てきますが。

――あ、女性のハードボイルドっぽい語りのパートですか?

中島 そうです。女性の小説家が若い時に書いた小説という形で入っていますが、あの元になったものは学生の時に書いているんです。つまり手持ちのネタとして『宇宙猿人ゴリ』があって、あれがなんとかならないかと思いながら、はじめて長篇の連載というものをやったので、書いている間はスリリングでした。連載は書いているはじからどんどん小説が手元を離れていくので、スキー板を履いてストックを持たずに、滑り落ちていくような感じでした。

――じゃあ、初めての長篇連載だからといって、構成をかっちり組み立てて書いたわけではなかったんですか。

中島 やっぱり怖いから、ある程度なんとなく、この章にはこのエピソードが入るということは考えていたんですけれどね。でも、その通りにいくわけでもなかったので、怖かったです(笑)。なんとか麓まで滑り切って、あとで修正もしましたけれど。書いてよかったと思う小説です。ある時代を描くというのは、いつもいつもやってみたいことなんですよね。それはすごく、次の『小さいおうち』(10年刊/のち文春文庫)に繋がっている。あれを書いたので『小さいおうち』が書けたようなものですね。自分にとってはすごく大事な作品です。

小さいおうち (文春文庫)

中島 京子(著)

文藝春秋
2012年12月4日 発売

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――ターニングポイントとなった作品ですよね。そして『小さいおうち』の前に『女中譚』(09年刊/のち朝日文庫)もありますよね。これは文豪たちの作品に出てくる女中の話を下敷きにした作品集。『宇宙エンジン』と『女中譚』が『小さいおうち』に繋がったんですね。

女中譚 (朝日文庫)

中島 京子(著)

朝日新聞出版
2013年3月7日 発売

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中島 ほんと、そうですよね。『女中譚』を書いている時には『小さいおうち』の構想がありました。

 もともと昭和という時代にすごく関心があってそれを書こうと思った時に、女中というのは絶対に入れたいなと思っていて。昭和の象徴的な職業であるし、女中が出てくる小説というのが基本的に好きなんですね。自分でも女中小説を書いてみたいというのがありました。

 それで、いろんなことを調べ始めたんですけれど、その途中で、ちょっとこう、スピンオフ的にこれで書きたい、となったのがあの『女中譚』の3篇です。林文子、永井荷風、吉屋信子の女中話がすごく面白かったので、それがもとになっています。あの時代の話だから、この登場人物たちは事件としては「二・二六」を知っているよな、とか、そういうことを考えていたら、書きたくなっちゃって。これもすごく楽しかったし、なんといいますか小説家としての腕を鍛えるというか、文章修業的なところがありました。文体もパロディにしたりしましたから。