どこまでも合理的な人であり素直な人
勝った千田七段の次の対局相手は、今をときめく豊島将之名人だ。豊島名人もまたAIを駆使して実績を上げている現代の最強棋士のひとり。千田七段に意気込みをたずねると「ぼちぼち頑張ります。(豊島名人とは)5局以上やっているんで、いつも通り頑張ります。昔からやっている相手なので、今になっていうことは特にないかなと……」と、ビニール袋に余ったポケットティッシュと棋譜用紙を詰め込み、笑いながら答えてくれた。
どこまでも合理的な人であり素直な人である。嫌味がない。
一見クールすぎる発言にも見えるが、だからこそ彼の人間的な姿が目に留まる。
この日、千田七段はあまり体調がすぐれていなかったらしく、食事もほとんど食べられなかったという。夕食休憩前には本人も「フリーズした」と言うほどの大長考をし、その影響で持ち時間に大差が出ていた。局面も非常に神経を使う苦しい戦いを余儀なくされ、高見七段の「妖術」を振り切りながら序盤の劣勢を粘り耐え続けていたのだから、なおさら喉を通らなかったのではないだろうか。感想戦で彼の指は目視できるほど震えていた。
「ソフトってこういうものなんです」と紹介する係
さらに今回相掛かりを採用したのは、本局の見届け人を務めた将棋ソフト「水匠」開発者・杉村達也氏が公開した定跡をリスペクトした意図もあったという。もはや愛である。そのことを語る千田七段は、どこか照れくさそうにも見えた。
「以前はまず、将棋ソフトって何なんだ? 何なんだというか、どのくらい力があるかってことすら認知されていなかったわけですね。どちらかというと『ソフトってこういうものなんです』と紹介する係、みたいな」……彼が以前、電王戦でヒール役の立場にあえて立ったことについて質問すると、すこし困ったような、でもすこし面白がっていそうな笑顔で語ってくれた。
彼のAIへの愛は間違いなく誠実で深い。AIの局面評価に近づこうと人間将棋を切り捨てるその姿勢も、将棋に真摯に向き合う姿なのだ。「AI将棋の申し子」が時折見せるあまりに人間的な姿は、時に人をひきつけてやまない。
叡王戦本戦2回戦、豊島名人との対局は12月1日に行われる。
※一部局面についての記述を修正しました(12/01 14:00)
写真=杉山秀樹/文藝春秋