見届け人による振り駒の結果、千田七段の先手となった。戦型は、互いに飛車先の歩を突いていく「相掛かり」。相掛かりは居飛車の代表的な戦法の一つで、序盤から変化のバリエーションが広く、定跡化も進んでいないため構想力が非常に重要になる力戦型の戦法だ。羽生善治九段の言葉を借りれば「カオス」といったところだろう。
対照的な二人が生み出すカオスな戦いは、一体どんな展開を見せたのか。
1時間の長考に沈み、「フリーズしていた」
この日はお互いの強気がぶつかり合うような将棋となった。千田七段の突っ張った▲4五銀に対し、高見七段は「攻めて来い」と言わんばかりに誘い込む。
銀を引いてしまうと攻めにくくなるため、人間としては踏み込みたい展開だ。
しかしこの誘い込みの目的は、2手先の△4七角にある。将来的に馬を作り、力を蓄えようという思惑である。
その思惑に嵌ってしまった千田七段は、少ない3時間の持ち時間のうち約1時間の長考に沈んだ。この時のことを「フリーズしていた」と振り返るほどで、高見七段の妖術によって誘い込まれた局面でいかに粘って耐えられるか、必死に絞り出さねばならない状態になっていた。
相当気合が入ったゲン担ぎにも見える
脳が大量の汗を流していそうな局面の中、さてファン待望の夕食休憩の注文の時間がやってきた。対局の生放送が行われるようになってから、食事内容の情報だけでなく注文するその姿もファンにとって嬉しいコンテンツとなった。それこそ、デビュー当初の藤井聡太四段(当時)が注文した時に使われたマジックテープ財布はお茶の間まで騒がせた。
注文は基本的に上座の棋士から行う。高見七段の注文は東京厨房の「大きなチキンカツ弁当」。「大きな」「カツ(勝つ)」ということで相当気合が入ったゲン担ぎにも見える。実際このチキンカツは大きく、弁当箱いっぱいに詰まっていた。東京厨房は将棋会館から徒歩3分ほど、CHACOあめみやの隣にある洋食店である。対局中の外食が禁止される以前は、ここで食事を摂る棋士もいたという。主に普段の出前店がほぼすべて休業している休日等に注文されるようだ。
将棋連盟にあるメニュー表には、13種類の二段弁当と2種類の丼ぶり弁当、好きなおかずを6種類の中から3つ組み合わせるチョイス弁当などが記載されており、豊富な品揃えになっている。
一方、千田七段は注文なし。その代わり仕出し弁当を持参していた。千田七段はその細い体格とは裏腹にグルメらしい、という噂をよく耳にする。そのギャップある噂と将棋めし的な視点のため、ぜひどこの店のものなのか聞きたいところであったが、「店側の許諾を取っていないので私からはなんとも……」とかわされてしまった。確かにそのとおりである。その代わり、「結構いろんなフライが入っています。そこそこいいと思います」という情報を貰った。