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連載昭和の35大事件

2019/12/15

source : 文藝春秋 増刊号

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治, メディア

五色温泉の集会こそは日本共産党の創立総会

 この話に心を躍らせながらも、毛利警部はさあらぬ態でどうも有り難う、大体判りましたとかねて用意して持って行った日本労働組合評議会の幹部の写真数葉を示して、この写真に心当りの者はありませんかと尋ねた処、2,3の写真を指して似た様な方が居られた様に思いますが、その時の係の女中があいにく2,3日前から里へ帰って居ませんので、はっきりしたことは申上げられませんとのことであった。

 毛利警部の調査をもとに極秘の裡に捜査は続けられ、五色温泉の集会こそ日本共産党の創立総会であり、当日出席した17名の氏名も明かにすることが出来た。即ち、

 創立準備委員会代表 福本和夫、佐野文雄、渡辺政之輔、中尾勝男、松尾直義、三田村四郎 関東地区代表 片山久、水野成夫、日下部千代一、豊田直、門屋博 関西地区代表 国領伍一郎、喜入虎太郎 九州地区代表 藤井哲夫 書記 中野尚夫、藤原久 警備 菊田善五郎

 尚総会では佐野文雄が議長に推されて経過報告を、福本和夫は立党宣言の説明を、又政治運動テーゼと、労働運動テーゼは渡辺政之輔が説明して、何れも異議なく決定、次いで役員の選任が行われた。

 中央執行委員 福本和夫、渡辺政之輔、徳田球一、佐野学、佐野文雄 中央執行委員候補 中尾勝男、三田村四郎、杉浦啓一、川合悦三 組織部長 渡辺政之輔 情報部長 中尾勝男 労働組合部長 鍋山貞親 アジプロ部長 市川正一 大衆団体統制部長兼農民部長 佐野学。

佐野学氏 ©文藝春秋

一斉検挙の前夜

 大正12年6月5日の第一次日本共産党の一斉検挙を行うことになった前夜、検挙の打合せの為の某料亭で、署長の懇親会をやったまでは無難であった。然し宴会が終った後、署長連は期せずして本庁にサイドカーを走らせたものだ。夜陰、署長の車が集まったのを知って、すわこそ一斉検挙だと号外を発刊した新聞社もあった。5日払暁、被疑者の家に踏み込んだ係官が藻抜けの殼となった寝床の枕元に号外を発見して地だんだ踏んでくやしがった苦い経験をなめたことがある。今度はこの失敗を繰返えさない為に検挙の日までは絶対に秘密が他に漏洩しない様細心の注意を払わねばならぬ。

 功は急ぐべからず、充分の準備を整えた上で断行すべきだとの根本方針の下に内偵は極秘の裡に続けられた。

 党に感づかれず、然も同僚の目をかすめ、記者諸君の六感に触れることのない様に秘密の捜査を続ける為には、是非並々ならぬ努力と苦心を要する。五色温泉の創立総会を確認して以来半歳余の努力が続けられたが、党の最高幹部の所在はどうしてもつかめない。捜査陣の首脳部の間には漸く焦燥の色が濃くなって来た。

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