文春オンライン

連載昭和の35大事件

【特高警察が証言】共産党員大検挙「三・一五事件」の知られざる内幕

2019/12/15

source : 文藝春秋 増刊号

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治, メディア

note

大検挙での最初の犠牲者

 特高係の視察員が内偵を続けている中、浅草金龍山瓦町四の佐藤きく方に思想犯人らしき人物の出入する事実を突き止め、見張中偶偶10月2日、係官が顔見知りの国領伍一郎が訪れたことを知ったので、特高係に急報するや時を移さず石井係長自ら伊藤警部補、高木、中原両部長ら十数名を従えて同家を襲った。いきなり飛び込んだ高木部長が階段を上って2階に顔を出した瞬間、銃声一発轟然たる音と共に高木部長の下顎に命中し為に高木部長は階段からすべり落ちた。そのすきを見て兇漢は逸早く駈け下りて、裸足の儘戸外に逃げ出し何れかへ逃亡してしまった。高木部長は痛手にひるまず健気にも屋外に逃走せんとする女にすがりついた。戸外に居合せた一行は一時銃声に呆然自失なす処を知らなかったが、伊藤警部補は直に高木部長と協力して女を捕えて象潟署へ連行した。

 直に非常線を張り射撃犯人の逮捕の手配をなし、一方今回の検挙に於て最初の犠牲者高木部長は最寄りの野田病院に収容せられて手当をうけた。弾丸は右下顎に命中したのであったが幸にして一命はとりとめた。

©iStock.com

三田村四郎のハウスキーパーを取り調べ

 非常線を張って警戒中、午後10時10分頃坂本署の渡辺巡査外1名の刑事が下谷区龍泉寺町31番地々先を警邏している際挙動不審の廉により誰可した処、彼はモーゼル型拳銃を擬し刑事に向って発砲せんとしたが、安全弁がかかっていた為か、やにわに拳銃を刑事の顔面に投げつけ坂本2丁目方面に逃亡、遂に姿をくらまし逮捕することが出来なかった。引続き厳重な警戒捜査を行ったにも拘らず遂にその犯人を捕えることは出来なかった。

ADVERTISEMENT

 象潟署へは急報に接し浦川係長が急遽出張して女を取調べた。彼女は佐藤きく事森田京子と云い和歌山県下の豪農の娘で女子大の卒業生であった。彼女は三田村四郎のハウスキーパーとして同棲していたのである。高木部長を射撃した犯人は党中央執行委員三田村四郎であったのだ。この大物を逸したことは実に残念至極であった。然し彼は翌年4月16日の所謂四・一六事件の直後赤坂田町の待合山升に於て鍋山貞親と共に逮捕されたのである。

三田村四郎 ©文藝春秋