2019年(1月~11月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国際部門の第3位は、こちら!(初公開日 2019年9月4日)。

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 約3か月間にわたって香港を騒がせていた大規模デモは9月4日、騒動の引き金である逃亡犯条例改正案の完全撤回を香港政府側が表明したことで大きな岐路を迎えている。デモ賛同者の多くは「遅すぎる」と不満を表明し、残りの要求事項の実現を求めて抗議継続を宣言しているが、長期間の抗議運動が一定の成果を引き出したのは事実だろう。

 私は8月26日から現地に滞在している。騒動が一定の節目を迎えたことで、現地で見聞した不都合な事実――。すなわちデモ隊にとって都合の悪い情報についても、あえて伝えるべきだと考えて今回の記事を書くことにした。以下で詳しく書くように、デモ参加者の一部はかなり暴力的な行動にはしっており、さらに従来我々に伝えられてきたデモ報道は(欧米メディアの情報も含めて)あまり客観的ではない。

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 条例改正案の撤回という最低限の落としどころが生まれたことを契機に、このデモは収束してほしい。私はいまやそう願うようになっている。

破壊、投石、放火、占拠

「こいつら、暴徒だわ」

 香港島が大荒れに荒れた8月31日夜、ガスマスクの下でそんな独り言を漏らした。私は香港の専門家ではないが、隣の深圳を中心にした広東文化圏とは10代のころからの付き合いだ。香港のデモ隊が立ち上がった事情は自分なりに理解しているし、その動機にも相当な共感を持っている。だが、目の前の光景からは「暴徒」という感想しか出てこない。

――もっとも、香港のデモ隊(正確には過激な闘争方針を辞さない「勇武派」)を「暴徒」と書く行為は相当な勇気が必要だ。

 香港の若者には日本語ができる人が多い。彼らが気に食わない記事を実名で発表すれば、すぐに「五毛記者(中国の回し者記者)」や「黒記者(不良記者)」などと呼ばれて各種のSNSで拡散され、吊し上げられる。デモのシンパになっている香港好きの日本人たちからも、純粋な若者たちの思いに寄り添わぬ不届き者としてお叱りを受ける。

右上から時計回りに、(1)公共物を破壊して作られたバリケード、(2)デモ隊が放った火、(3)後退するデモ隊、(4)投石用の石を割る、(5)バリケードとデモ隊、(6)投石用に剥がされた敷石。いずれも8月31日撮影

 だが、バス停を引っこ抜き路傍の柵をぶっ壊してバリケードを作り、そのバリケードに火をはなち、信号を解体し、道路の敷石を剥がして警官隊に投石する集団は、日本人の良識に照らして言えば「暴徒」である。少なくとも私はそれ以外の語彙を知らない。

「香港ではああいう表現もありなのです」とデモ隊を擁護する人もいる。そうなのかもしれない。だが、仮に日本で同じことをやる集団がいれば、たとえ彼らがどんなに美しい正義を掲げていようと、私は決して支持する気にはならないと思う。

「ナチス中国」を罵りながら街を破壊する

「光復香港,時代革命」(香港を取り戻せ、時代を塗り替えろ)
「黒警死全家」(不良警官は一家まとめて死にくされ)
「Free Hong Kong」
「狗官」(イヌ役人)
「Fuck China」
「CHINAZI」(ナチス中国)

 銅鑼湾から中環にいたる香港島の目抜き通りは、そこらじゅうが黒スプレーの落書きだらけだ。東京でいう銀座から丸の内に相当する地域である。広東語はもともと粗口(chou1 hau2;悪口)のバリエーションが多い言語で、罵り言葉におそらく文字面ほどの悪意はない。しかし、それでも見るとぎょっとする。