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警察発砲&マスク禁止法―― 混迷の香港デモを指揮する“謎の組織X”が存在する?

2019香港デモ 現地ルポ#4

2019/10/05

genre : ニュース, 国際

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 香港の抗議運動は発生から約4ヶ月目を迎えた。10月1日に警官が18歳のデモ参加者に実弾を発砲、10月4日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が事実上の戒厳体制である緊急法を発動してデモ参加者の覆面を禁じる法律を制定するなど、事態はかなりの緊張状態に突入している。

 私は運動初期の6月に短期間、8月末から延べ1ヶ月ほど現地入りして運動を眺めてきたが、特に9月末に入って警察・デモ隊ともに暴力がエスカレートした印象だ。今回の香港デモは「リーダーや組織がない」とされ、激化した場合の歯止めの効かなさを懸念する識者も多い。

――だが、本当に運動を統括する組織はないのだろうか? 

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 香港デモは(日本人や欧米・中国メディアを含めて)支持派・反対派のいずれかに強烈な思い入れや政治的動機を持つ人が多く、両派が各自にとって都合のいい情報だけを発信しているため、ことの真偽が非常にわかりづらい。「組織がない」という広く知られた話についても、実は疑ってかかる余地がある。

地下鉄MTRの駅入り口を放火するデモ隊(10月4日)。破壊行為はますますエスカレートしている ©getty

吉野家、元気寿司も……「仕事」のような破壊行為

 事実、特に大規模な衝突の現場では、デモ隊の勇武派(警官隊との衝突を辞さない過激グループ)はかなり統制された動きを見せている。デモ隊が常用するメッセージシステムTelegramの公式チャンネルにアップされた前線部の分掌図を見ると、最前線で火炎瓶や石を投擲する攻撃部隊、催涙弾を無効化する防御部隊など、役割分担も整っているようだ。

衝突の最前線における勇武派の陣形。デモ隊側の公開情報と、筆者の実地観察をもとに作成。休日の金鐘地区の政府総部前などでは比較的きれいに陣形が保たれた衝突が見られる。警察側も負けておらず、地下鉄をトーチカにして勇武派の側面に出現して奇襲するなどして陣形を崩す ©安田峰俊

 また8月末ごろからは衝突の正面戦線とは別個に、数十人程度の遊撃部隊が周囲の地下鉄駅や民間店舗への落書きや破壊・放火を繰り返すようになったが、こちらの動きも非常に統制されている。怒りのあまり思わず壊した、という感じではなく、彼らは計画的にターゲットを選定して「仕事」をおこなっているようだ。

 例えば、遊撃部隊による銀行襲撃は中国系銀行のほかに香港の地場の銀行である東亜銀行や南洋商業銀行(親会社は中国企業)、シンガポール資本の華僑永享銀行などが狙われるいっぽう、HSBCや恒生銀行、シティバンク、スタンダード・チャータード銀行などはほぼ無傷。店舗襲撃は吉野家や元気寿司、スターバックスなどマキシム(美心)グループ傘下企業がターゲットにされるいっぽうで、ユニクロや無印良品は無傷……といった具合である。

10月1日、猛烈な破壊を受けた香港の各施設。左上から時計回りに、地下鉄駅、トラム駅、スターバックス、元気寿司、中国建設銀行、吉野家。スタバや日系飲食店について、デモ隊側は経営母体が親中国的であることを理由に攻撃の正当性を主張している ©安田峰俊

 こうした統制は前線部隊だけではない。たとえば裏方役としては「哨兵(偵察)」部隊が存在し、Telegramのチャンネル(LINEでいうグループに相当)内で警察の動きを逐一報告し続けている。報告される情報はかなり詳細かつ正確で、個人がたまたま目の前で見た光景を投稿しているような自由参加的なムードは感じられない。

 すなわち東京で例えるなら、「新宿の衝突現場で放水車登場」「北千住駅構内で機動隊約20人を確認」「蒲田付近第一京浜にてパトカー5台都心向けに走る」「八王子駅前で警官と地元住民が口論」といった都内各地の警察の動向情報が、一定のフォーマットに従った投稿形式でほとんど粗漏なく同時に書き込まれ続けているのである。