『中野のお父さん』ができるまで
――さて、小説の最新刊のお話も。『中野のお父さん』(15年文藝春秋刊)は女性編集者が仕事先でさまざまな奇妙な出来事に遭遇します。それを中野にある実家の国語教師のお父さんに話すと、たちまち見事な推理を披露してくれるという。最初は短篇を頼まれてそれ1本のつもりでお書きになったそうですね。
北村 そう。巻頭の新人賞の話です。私自身、新人賞の選考をやっているんですが、受賞作を決めた後で編集者がご本人に電話をした時「応募してませんけど」と言われたら面白いだろうなと(笑)。そうした謎から考えて、あとからこういうことじゃないかな、と真相を考えて書きました。そうしたら次に「手紙の特集があるので何か書いてください」という依頼がきまして。じゃあこんな謎にしよう、そうだこの前書いたのがあるからその続きにしよう…といって2編書くと、だいたい編集者は「先生~、シリーズにしましょうよ~」と言ってくるわけです。
――そうして一冊の本ができあがるという。最初の謎からして主人公が編集者になるのは必然と思いますが、安楽椅子探偵をお父さんにしたのはどうしてですか。
北村 編集部内で聞いて調べる話ではつまらないですからね。そうするとお父さんっていちばん必然でしょう。仕事でこういうことがあったんだよ、といちばん話しやすい。
――またこのお父さんが国語の先生なだけあってものすごく博識なうえに、本やCDをいっぱい持っていて、すぐ「こんなのあるんだよ」と持ち出してくる。これ、絶対にモデルは北村さんご自身だと思ったんですよ(笑)。
北村 そうなんです、私もいろいろ持っているんですよ(笑)。あそこに出てくるようなものはみんな持っていますからね。自分をモデルにするというか、自分の取材は楽ですねえ。
――毎回、女性誌の話やマラソン大会の話など、編集者たちの日常のやりとりが楽しいですが、それも編集者たちと実際におしゃべりしているなかで聞いたエピソードや思いついたものが多いのですか。
北村 そう。さまざまな人たちのエピソードですね。「オール讀物」5月号でもこの人たちの新しい短篇を書かせてもらいましたけれど、それは日本ミステリー文学大賞をいただいたのがきっかけです。私はあまり授賞式の挨拶というのは前もって考えないんですが、2、3日前にちょこちょこっと「こういうこと話そうかな」と考えて話したら、編集者たちが「もったいないですよ、それでひとつ小説が書けますね」って言うんですよ。それで書いちゃった。
――ああ、この「縦か横か」という短篇では、ベテラン作家が大きな賞の授賞式のスピーチである翻訳者をめぐる話をしますよね。あの短篇はそこから生まれたんですね。それにしても、北村さんの作品には編集部が舞台のものが多いですね。
北村 最近は特にそうですね。取材しやすいですからね。それに、本のことを書こうとすると、必然的にそうなります。たとえば、今回の日本ミステリー文学大賞の授賞式で話したことを書こうとすると、必然的に出版関係者の話にしないとおさまらないでしょう。