(1)より続く

宮下奈都(みやしたなつ)

宮下奈都

2004年「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選しデビュー。2007年に発表された長編『スコーレNo.4』が絶賛される。2011年に刊行された『誰かが足りない』は本屋大賞にノミネート。2015年に刊行された『羊と鋼の森』は本屋大賞を受賞。その他の著書に『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『ふたつのしるし』『たった、それだけ』など。

――『太陽のパスタ、豆のスープ』(2010年刊/のち集英社文庫)では婚約解消して落ち込む女性が、「やりたいこと」を書き出すドリフターズ・リストを作成し、自分を見つめなおしていく。『メロディ・フェア』では地方のショッピングモールの美容部員となった女性が登場し、『窓の向こうのガーシュウィン』では、自分には何かが欠けていると思っていた女性が、額装屋の老人と出会い、居場所を見つけていく。宮下さんの描く人間の成長って、社会性を身に着けるとか、そういうことではないですよね。さきほども言いましたが、私は特に『窓の向こうのガーシュウィン』の主人公の佐古さんが、人と自分を比べることなく、もともと持っている自分の世界を花開かせるところがすごく好きです。

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

宮下 奈都(著)

集英社
2013年1月18日 発売

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([み]3-1)メロディ・フェア (ポプラ文庫 日本文学)

宮下 奈都(著)

ポプラ社
2013年4月3日 発売

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窓の向こうのガーシュウィン (集英社文庫)

宮下 奈都(著)

集英社
2015年5月20日 発売

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宮下 成長って、上に伸びることだけじゃないんですよね。全方位、成長という気がするんです。本当にそう思います。後ろに進むのは後退じゃなくて、向きを変えて前に進んでいるともいえるんですよね。そっちに進むのも全然ありだっていう。たとえば私が次にまたまた違う小説を書きたいと思うのは、少なくとも私にとっては成長だと思います。でもそういう成長って、成功することが絶対ではないですよね。今おっしゃってくださったような、花開くというか。どちらに進むかは別として、その人の一歩を踏み出す、というところじゃないかと思うんですよね。

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――そして『田舎の紳士服店のモデルの妻』(10年刊/のち文春文庫)。この本の新刊インタビューをした記事を読み返していたら、「若い頃っていつか自分は何者かになると感じていると思うんです。でも何者にもならずに年を重ねて、可能性がどんどん狭まっていると感じて焦る人がほとんどなのでは。でも私は何も起きないようにみえる30代から40代にかけての年月も、本人にとっては大きな動きがあったと感じているんです。その10年間を今私が書かなくて誰が書くという使命感が」っておっしゃっていて。

田舎の紳士服店のモデルの妻 (文春文庫)

宮下 奈都(著)

文藝春秋
2013年6月7日 発売

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宮下 そうでしたか(笑)。でもそうやって書くことができて、よかったです。

――この本もそうですが、宮下さんの作品ではよく地方での暮らしが描かれますよね。その際、どういうことを意識していますか。宮下さんは子どもを育てるのにいい環境だと思って、あえて故郷である福井に戻ることを選んだとお聞きしていますが。

宮下 地方に暮らしていると、みんながみんな悟っているわけじゃないと感じるんです。みんなが「都会よりここがいいんだ」みたいに思っているわけじゃなくて、都会の憧れを持っている人も多いし、もっと栄えてほしいと思っている人もいっぱいいて。

 北海道の山の中で暮らした時も、観光地として田舎を残すのではなく、暮らす人のために残すのならいいなと思ったりして…。まだうまく言葉にできずにいるんです。山の中の暮らしを満喫したんですけれども、ふもとの街まで30何キロの山道をくだらなくてはいけない。その山道が生命線なので、そこが除雪されていないと陸の孤島になってしまう。でも、山の中の集落に住んでいる何十人かのために、町がどれだけお金を出して除雪しているんだろう、とも思いました。今までは地域を擁護する側だったんですけれど、最近はそれだけじゃないなと思うようになりました。東京に暮らすことだけが幸せじゃないという気持ちは変わらないし、「福井にいても好きなことができるよ」ということが言いたい気持ちはずっと変わらないんですけれど、福井はまだ町なので、本当の田舎に行った時にどうなのか、ということを考えます。うまく言葉にできないので、たぶんきっと小説に書くことになるんだろうなと思っています。そうやって言葉にならないものを、ずっと考えてある時小説に表れる、というのがいつものパターンなので。