とりあえずまずは単語レベルで言いづらいものを収集してみるのが一番だろう。特に和語にない発音を含んでいる言葉。前述の「トゥ」もそうだが、「ティ」とか「テュ」とか「デュ」とか「ドゥ」とか「ビュ」とか「フェ」とかも近代以降に外来語と一緒に伝わったような発音なのだから、現代でもまだ発音できない日本人がいるくらいだ。そうした新しい発音を含む単語を収集してみる。テューバ、アデュー、コンスタンティヌス、デューク東郷、ペ・ドゥナ、ビュッフェ。たくさんある。さらに古代に目を向けてみれば、「シュ」とか「ジュ」とか「キュ」とか「ギュ」とかも漢語とともに伝わってきた新しい発音なのだろう。手術、奇術、九州、需給状況など。
また、日本語の「音便」にも着目してみたい。「一般」が「いちはん」ではなく「いっぱん」だったり、「滑車」が「かつしゃ」ではなく「かっしゃ」だったりするのは、元の発音が言いづらかったので言いやすくなるように修正されていったから。こういう変化が音便だ。「国家」や「国旗」も、「こくか」「こくき」から「こっか」「こっき」となっていったのだろう。「国史」や「国民」は音便化していないあたり、K音という同じ子音が続くのが、和語の感覚からすると言いづらかったのだ。だから同じ子音を連続させてみるのも、発音難易度を上げるのに一役買うことになる。
発音しづらい単語の中から「九州」と「需給状況」を採用してみることにする。しかし「九州の需給状況」だけでは言いづらさのレベルも日本語としての完成度も今ひとつだ。なので最も多用されている子音であるK音の入った言葉をさらに付け加えてみる。「九州産キュウリの需給状況」。日本語らしくはなったがまだもう少し物足りない。九州を北九州に変えてK音を追加してみよう。「北九州産キュウリの需給状況」。だいぶ言いづらくなってきた。しかしまだだ。K音だけに頼っていてはいけない。他に子音を重ねられそうなところをどんどん重ねてみよう。北九州に市を付け加えてみたらどうか。「北九州市産キュウリの需給状況」。市と産のS音の連なりが、なかなかいいトラップになったのではないか。なお、実際に北九州市でキュウリを生産しているのかどうかは知りません。
創作早口言葉・その1
北九州市産キュウリの需給状況
ただ「北九州市産キュウリの需給状況」だと一番難易度が高いのが「北九州市産」の部分で、そこから先はどんどん言いやすくなっていく。だから言い切った後に「なんだよこんなもんか」と思われてしまいそうだ。それは悔しい。後半部分でもう一つ盛り上がりが欲しいところだ。やはりK音とS音を多用した言葉をしっぽにくっつけてみよう。「北九州市産キュウリの需給状況を至急緊急調査せよ」。「需給状況」でほっと一息つけたと思わせて、「至急緊急調査せよ」で再び難易度を取り戻してゆく戦略。決して油断はさせない。創作早口言葉はSの人に向いている遊びだ。