――このたびは芥川賞受賞おめでとうございます。受賞からしばらく経って、今はどのような状況なのかな、と。
本谷 ガラッと音を立てて何かが変化したという感じではなくて。今はひたすら取材を受け、受賞のエッセイを書いています。でもあれだけ受賞のエッセイをずっと書いていると、少しずつ、芥川賞を獲ったんだなという実感が濃くなってきますね(笑)。よく「変化はありますか?」と訊かれるので、自分でも考えていたんです。でも私からすると自分は変化していなくて、周りが変化したように見えるんです。それなのに変化した側が私に「何か変化ありますか?」と訊いてくるのが面白いなと思っています。
――応援してきた周りは嬉しいですよね。賞を受賞するかしないかで作品の質が変わるわけではないけれども、4回目の候補でやっととも思いますし。本谷さんは今回「異類婚姻譚」(所収『異類婚姻譚』2016年講談社刊)で芥川賞を受賞する前に、『ぬるい毒』(11年刊/のち新潮文庫)で野間文芸新人賞、『自分を好きになる方法』(13年講談社刊)で三島由紀夫賞を受賞されているんですよね。この3賞を受賞されている方は少ないし、ここまで着実に歩んできたという印象ですね。
本谷 自分でも忘れていたんですが実はそうなんですよね。私は新人賞に応募してデビューしたという小説家として正統な道のりを歩んできていたわけではなくて、たまたま劇団のホームページに掲載していた小説を、たまたま編集者が読んで「小説を書いてみない?」とたまたま言われて書き始めたんです。自分でも想像もしなかった形で小説を書くことになってここまできているので、ずっと脇道を歩いている感覚だったんです。それでふと気づくと芥川賞や、他にも賞をいくつかいただいていて、いつの間にこんなところに来たんだろうと自分でもびっくりしています。
――『嵐のピクニック』(12年刊/のち講談社文庫)で大江健三郎賞も受賞されていますしね。
本谷 ちゃんとした小説家みたいだなって、他人事みたいに思っちゃう(笑)。
――4回目の候補で芥川賞を受賞したことや、この作品で受賞したことはどのように感じていますか。
本谷 本当にこのタイミングでよかったなって、しみじみ思っています。それはなぜかと言うと、たぶん過去3度のどこかでいただいていたら、自分がその賞の大きさに負けていた気がするんですよね。自分のなかで、賞のほうが大きかった気がするんです。今は36歳になってある程度図太くなって、より面の皮が厚くなってきている。いただいたことに対して恐縮するし、身が引き締まる思いもしますが、同時にどこかリラックスもしているんですよね。へんに気負わずに、ふっと受け入れることができている。自然な自分のままでいられるような気がするんです。だから若い時にもらっていなくて本当によかった。
――受賞作の主人公は専業主婦のサンちゃん。冒頭で、サンちゃんは自分と旦那さんの顔が似てきていると気づく。その後2人の日常は少しずつ変化していくのですが、結婚というものを2匹の蛇が互いを尻尾から食べて頭と頭だけになった〈蛇ボール〉に喩えるのが、なるほどなあと。
本谷 夫婦が似てくるという話はよく聞きますよね。幸せの象徴でもあるけれど、薄気味悪くもあるので、その薄気味悪さが濃くなっていくように書きました。
蛇ボールのことは子供の頃から想像していて、今回結婚のイメージに結びつきました。お互いがお互いに呑みこまれて、別のものに変わっていくのが結婚かなと思ったんです。