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連載昭和の35大事件

2020/01/12

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, メディア

「金もうけの欲たれが目算違いの尻ぬぐいをしたにすぎない」

 これに著書「筆は剣よりも強し」で“イチャモン”をつけたのが、「帝都日日新聞」を主宰していた“ブラックジャーナリスト”野依秀市。発表が年末だったことを「なるべく世人の指弾を狭めようとした小細工が見える」とバッサリ。4ページの中に「計画の責任者たる野間清治の署名は一つもない」「なぜ堂々と署名して天下にその失敗を謝罪しないのであるか」と手厳しい。

 経費の赤字は野間個人の持ち出しという説明に対しても、政府からの補助金、皇族からの「下賜金」、全国からの多額の寄付を受けたことを強調。「その損耗は金もうけの欲たれが目算違いの尻ぬぐいをしたにすぎないではないか」と断罪した。

 結果的に企画は大失敗に終わった。戦後出版された「人間野間清治」は、計画の失敗を認めつつも、「軍部といわず民間といわず、その後のわが国の航空界に大きな刺激を与え、飛躍的な進歩の動機となったことは明瞭である」と主張しているが……。

 本編にあるように、強気の吉原飛行士らに全体が引きずられたのか。会社の記念の節目に間に合わせようとした点に無理があったのか。ずさんな計画を楽観的な思い込みで進めて行ったのだとすれば、その構図は、その後の太平洋戦争で日本軍が敗れた作戦に酷似する。

3飛行士の捜索は長期間続いた(報知新聞記事)

北太平洋横断飛行は報知没落の弔鐘となった

 内川芳美「熾烈化した新聞企業競争」(「昭和ニュース事典Ⅱ」所収)は、報知の北太平洋横断飛行事業について「莫大な出費を無にすると同時に、社のメンツの失墜を余儀なくさせた」と指摘。野間の経営についても、「『良き新聞』『面白き新聞』『ためになる新聞』を理想に掲げたまではよかったが、実際に野間がとった手法は、雑誌経営で成功した戦法の二番煎じであった」と言い切る。

 付録作戦の「膨大な出費は部数増に貢献しなかった」うえ、「善行美談主義に基づく紙面編集の転換で、犯罪記事や暗い読み物に代わって、明るいニュースや孝子貞婦の善行美談記事が優遇された。それはしかし、雑誌の場合と違って、新聞の読者には必ずしも歓迎されなかった」。

『ためになる新聞』を理想に掲げていた野間氏 ©

 同論文は「あるいは新聞界でも王座を狙ったかもしれない野間は、昭和13年、志半ばにして病に倒れた」「そして昭和16年8月には遂に読売新聞の系列下に入り、さらに昭和17年8月には、戦時新聞統合で読売に合併吸収され」たと書く。北太平洋横断飛行は報知没落の弔鐘となった。そして、これ以降の新聞の事業は航空機献納や兵士への慰問など、圧倒的に軍事色が濃くなっていく。

本編日米親善・北太平洋横断で消息を絶った飛行機はどこへ?――技師が明かした“驚きの証言”を読む

【参考文献】
▽中村孝也「野間清治伝」 野間清治伝記編纂会 1944年
▽辻平一「人間野間清治」 講談社 1960年
▽報知新聞社社史刊行委員会編「世紀を超えて―報知新聞百二十年史」 報知新聞社 1993年
▽星山一男「新聞航空史」 私家版 1964年
▽野依秀市「筆は剣よりも強し」 秀文閣書房 1936年
▽内川芳美「熾烈化した新聞企業競争」=「昭和ニュース事典Ⅱ」(毎日コミュニケーションズ 1992年)所収

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