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こんな見事に寄せられるとは

 高野六段は、夕食休憩時に、改めて局面を考えてみて、思った以上に悪いことに驚いたという。ただ、その後も、懸命に粘りの手を指し、局面によっては、形勢を戻しているとも感じたようだ。そして、藤井玉を脅かす手を指す。

高野 最後のほう(80手目)に6七歩を打ったじゃないですか。

――相手の玉に迫る歩の垂らし。見ていて盛り上がりました。

高野 形勢は不利で、後手がちょっと足りなそう。だけどまだ一勝負は作れるかと。私には、ここからはっきりダメになる順がわからなかった。

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©文藝春秋

――肉薄したと。

高野 ただこの後、83手目の桂馬を成り捨てる3三桂成がすごい手だった。この前が角桂交換(81手目の4四桂)なので、普通は駒得を主張しようと考えるんです。

――でも、そこで桂馬を成り捨てるなんて、なかなか気づかないと。

高野 そう。少しチャンスが来たかなと思っていたのですが、この一手で逆に差がついたので驚きました。まだひと粘りできるぞと思ったけど、難しかったです。最後まで組み立てが絶妙でしたね。こんな見事に寄せられるとは思いませんでした。

――でも懸命の指し手といった感じで、胸を打たれましたよ。本当に。

高野 中継していたAbemaTVの解説が深浦くん(康市九段)だったじゃないですか。

――奨励会同期で応援していると、深浦先生もおっしゃっていました。

高野 そう奨励会の同期で。彼とは成績の面でこれだけ離れたから、かえって仲良くしてもらっているところもあって、私がC級1組に上がったときにもお祝いをしてくれたんですよ。

解説にも定評がある深浦康市九段 ©︎文藝春秋

――深浦先生が解説というのは、大きなモチベーションになっていたんですか。

高野 なりましたよ。深浦くんが解説なので、途中でポッキリ折れるのだけは嫌だなと。「深浦くんが見ているから」と粘りの手を指せたところもあるんです。

正直あまり覚えていないんですよ

――対局後のインタビュー映像では、大きく笑っておられましたが、このときはどんな話を?

高野 たしかジェット機の話を振られて、それで笑ったのかなぁ。

 高野六段は、藤井聡太七段がデビューした当時、「性能の良いマシンが参戦すると聞きフェラーリやベンツを想像していたらジェット機が来たという感じ」とコメントして、話題になったことがある。実際に対戦してみていかがですかと、記者から聞かれたそうだ。

高野 「対局を楽しみにしていた。素敵な時間だった」なんて話したと思うんですけど、正直あまり覚えていないんですよ。

 当時のインタビューの様子が、将棋ライターの松本博文さんの記事にあったので引用してみよう。本当は、以下のように答えたようだ。

〈それは色褪せることなく、より素晴らしいものになっているのは、成績を見ていただいても間違いないことでしょうし。私にとってもこの後、対局できるかどうかわからないチャンスだと思うので、非常に楽しみにしてたんですけれども。いい機会だったなと思います〉