高野 色褪せないとも言ったんですが、お前が言うことじゃないよなと。今から考えれば「失礼なことを言ったかもしれないですが、あながち間違った表現ではなかったかなと思います。今日は私もちょっとだけジェット機に乗せてもらえ楽しく旅ができました」くらいのことを言いたかったですね(笑)。
――わはは(笑)。
高野 奥さんにも、こう言えばよかったなと伝えたら「そこまでして、うまく言いたいの?」と突っ込まれました(笑)。
これから藤井聡太七段との対局は「ジェット機に乗る」といった隠語で表現されるかもしれない。
その後の感想戦は、記者の方々もいることもあり、手短に30分ほどで切り上げたという。実際に盤を挟んだ藤井聡太七段からは、とにかく落ち着いていると感じたそうだ。勝ちへの最短の道を懸命に探す姿が、とても印象に残ったと高野六段は語っていた。
47歳になって「今期が一番」だった
――とてもいい時間でしたね。
高野 いい時間でした。前のインタビューでも話しましたが、本来ならば今期はひとつ下でやるはずでした。それが順位戦の組み合わせで、藤井くんや森下先生(卓九段)と対局できると知ってから、ずっといい時間を過ごすことができた。順位戦で「ここまでやった」という充実感は今期がもっとも感じています。この歳で、こういう気持ちになれたのは本当に嬉しい。最後の一局も、一生懸命指したい。
――47歳になって「今期が一番」だったと。
高野 私は、棋士になるのが遅かった。記録係をしているときには、一回でもいいから対局者の席に座ってみたいとずっと思っていました。それから棋士になれて、夢のような時間を過ごしているはずなんですけど、夢ばかりとは思えないときもある。
今日もひどい将棋を指してしまうのではないか。朝なのに、北参道から将棋会館へ向かう緩やかな坂を登るのさえも、辛いときがありました。憧れの棋士になれたというのに……。でも今期、充実した時間が過ごすことができて、千駄ヶ谷に行くのがいっそう楽しみになったんですよ。まだ頑張れるんだなと、今回、すごく感じました。
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棋士は孤独なのかもしれない
藤井聡太との対局の翌日、高野六段が指導している教室で、ある子供が普段以上に考えていたという。なんでも「昨日、先生があんなに一生懸命考えていたから、僕も考えた」と、お母さんに話したそうだ。
「対局の翌日に教室を入れているというのは、現役のプレイヤーとしてはダメなことかもしれません。でも、私にはどうしても大事なことなんですよ」
高野六段はこう語る。教え子が、自分の姿を見て、いつもより考えてくれた――。こんなエピソードひとつで、棋士は元気づけられている。
ファンが思っている以上に、棋士は孤独なのかもしれない。一人戦う棋士は、こんな出来事を大切にし、ともすれば萎えてしまいそうになる気力を振り絞って、対局に挑んでいるのだろう。