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沼袋で55年間続く“地味なラーメン屋” 寡黙な店主が作るチャーシューメンはやはり職人技だった!

B中華を探す旅――沼袋「宝来軒」

2020/02/25

genre : ライフ, グルメ

 西武新宿線沿線の沼袋駅から商店街に出て、そのまま北へ進む。

 都心へのアクセスも悪くないにもかかわらず、やけに地味な印象のある街だ。行き交う人もそこそこいるのに、賑わいもせず、むしろ静か。ましてや街を象徴するランドマークのようなものがあるわけでもないのだが、だからこそホッとするような気もする。

 

 つまり、それがこの街の色なのだろう。

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 やがて突き当たる新青梅街道を左に曲がると、ひとつ目の信号のあたりで時間軸が歪む。「純喫茶ザオー」と「ラーメン・餃子 宝来軒」、この2軒だけが、昭和のままの雰囲気を残しているのだ。

緊張しつつも引き戸を開けると……

 特に強烈なインパクトを投げかけるのは後者である。なにしろ入り口は、磨りガラスの入った木枠の引き戸。その店構えを見ただけで、B中華ごころをくすぐられる。

 ここは、きっと間違いないぞ。

 などと思いながらもやや緊張し、ガララと引き戸を開けると、右にカウンターと厨房、左にテーブル席がふたつ。奥行きはそれほどなくて、思っていた以上にコンパクトに見える。

 
 

 奥のほうから「いらっしゃいませ」と声をかけてくださったのは、娘さんだろうか?

 他に声はしなかったから「ひとりで切り盛りしているのかな?」と思いもしたが、ふと厨房に目をやれば、ご主人とおぼしきお爺さんの姿。

 声は出さずにまっすぐ立って、ただこちらを見ているのだが、でも不機嫌なわけではなさそう。柔らかな笑みを浮かべているようにも見える。

まずはビールと餃子から!

 丸っこいラジカセのチューニングはどこかのFM局に合わせられていて、軽快なJ-POPなどが聞こえる。だが、そもそもこの店には不釣り合いである。しかも店内の静寂と、新青梅街道を行き交う車の音のほうが、ラジオの音色よりも勝っている。

 ピリピリとした緊張感が漂っているというわけではない。かといって、ダラダラしているのでもない。ただ、他の店には決してないであろう独特の空気が流れているように思えるのだ。

 

 カウンターの丸椅子を引き寄せながら「ビールと餃子をください」と声をかけると、「はいッ」と女性が軽快に返事をし、ビールを冷蔵庫から出す。そしてご主人が、黙って餃子を包み始める。

 以前訪ねた「江戸一」と同様、ここも作り置きではないのだ。その姿勢に少なからず期待感が高まるが、こっそり見てみればフライパンは普通の家庭用のものであった。