落語の人気はいまも根強い。しかし、現代の多くの人たちにとって、戦前から戦中にかけて庶民の関心を集めた「兵隊落語」「国策落語」がどんなものだったか、想像するのは難しいだろう。その中心にいたのが柳家金語楼だった。

 筆者の世代の記憶では、落語家を“休業中”で、自分の名前を冠した映画などに多数出演。NHKテレビの「ジェスチャー」の男性回答者リーダーを長年務めたコメディアンだった。薄い頭に百面相のような面白い顔(保険をかけたといわれる)の印象が強い。彼が兵隊落語で一世を風靡したことを知ったのはだいぶ後になってから。その落語を聞いたのはさらにずっと後だった。

「兵隊」と「落語」、あるいは「戦争」と「笑い」。全く正反対で結び付きそうもない組み合わせの実態はどんなもので、どんな意味を持っていたのか。そして、いまそれを取り上げることにどんな意味があるのか。

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柳家金語楼 ©文藝春秋

憲兵隊から「待った」がかかった落語

 1928(昭和3)年3月2日付(1日発行)東京日日夕刊2面に3段の記事が出た。「憲兵隊に睨まれた 金語楼の『兵隊落語』 軍事上有害と認めて 本人と蓄音器会社へお達し」。

「今売り出しの落語家柳家金語楼が、一枚看板で数年前から高座に読み物に放送に笑わせていた『兵隊』に対し、この1月末、東京憲兵隊から『軍事上有害』との理由をもって『以後しゃべり立てること慎まるべし』という珍妙なお達しがあり、その金語楼が吹き込んだレコード発売元である2、3の蓄音器商会に対しても、兵隊レコードの発売遠慮を通達してきた」。金語楼が人気を博してきた兵隊落語に憲兵隊から「待った」がかかったという内容だ。

「金語楼もすっかり気を腐らせ『兵隊ばかりが落語じゃねえ』とばかり、今月中には新機軸の落語完成に精進しているが……」「一方、憲兵隊ではいったん禁止通知を出したものの、最近、ことが意外に大きくなるのを恐れてか、『落語家柳家金語楼吹き込みのレコードに関する件――2月8日主題の件に関し、該品は軍事上有害と認め、一時発売禁止方申し進め置き候ところ、協議の結果、東京憲兵隊は本品の差し押さえをなさざることに決定』した旨、あらためて通知を発し、問題化を防いでいる」というのが本記の全文だ。

「憲兵隊に睨まれた」兵隊落語(東京日日)

 脇には「軍隊に対する誤解を惧れる」の小見出しで渋谷憲兵隊の談話が載っている。

「最初は軍事上有害と認めたので、発売禁止ということにしようと思ったのです。昔なら知らないこと、現代の軍隊では決してああいう内容のことはないのですから、純朴な人が軍隊を誤解しては困ると思ったので注意したのですが、協議の結果、黙許ということにしました。しかし、今後不適当なことがあれば、また考え直し、適当な処置に出ます」と歯切れが悪い。

 金語楼の談話も「一体ドコが悪いのか 兎に角(とにかく)困りやした……と」の小見出しで掲載されている。