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新兵 ハッ、伍長殿でありますか

伍長 おい、貴様。いま何か歌っていたな

新兵 いや、自分は……自分は決して

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伍長 何?

新兵 自分は歌なんか歌った覚えはないであります

伍長 ウソをつけ。さっきから後ろに立っていたんだぞ

新兵はごまかそうとするが、追及されて弱り、遂に歌わされる

新兵 「伍長勤務は……」

伍長 伍長勤務はどうした?

新兵 「生意気で」。自分は生意気とは思わんのであります

伍長 そんなことはどうでもいい。次を歌え

新兵 「粋な上等兵にゃ金がない……。かわいい新兵さんにゃ暇がない、ストトン、ストトン」

伍長 バカッ。かわいい新兵さんとは誰のことだ

新兵 自分であります

 ここから入隊前は落語家だったことが分かってやりとりがあった後、

伍長 一体、貴様の官姓名(所属と名前)は?

新兵 陸軍……

伍長 陸軍は分かっておる。官姓名を言ってみろ

新兵 陸軍歩兵!

伍長 陸軍歩兵何等卒だ

新兵 陸軍歩兵二等卒であります

伍長 元へっ、姓名を言えっ

新兵 山下敬太郎であります

伍長 元へっ、官姓名!

 なかなか「官姓名」を通して言えず、追い詰められていく新兵

伍長 元へっ、

新兵 海軍

伍長 バカーッ、陸軍と海軍を間違えるやつがあるかーっ

新兵 陸の続きは海であります 

 これがオチだが、高座や舞台で評判になったのは、何回も責められ、新兵が泣きべそをかきながら叫ぶところだ。

新兵 陸軍歩兵二等卒、山下ケッタロ―!

 実際に聞くと、最後の掛け合いが長くて、当時の軍隊のことをある程度知らないと、どこが面白いのか分からない。筆者も何回か聞いたが、面白さを理解するのは難しかった。ただ、「後備兵」という演目もいろいろなバリエーションがあるが、軍医や上官とのやりとりが面白かった。

 それにしても、特に日本では暗いイメージしかない軍隊を笑いのネタにし、また、それが客に受けたというのはどういうことだろう。

二等兵として約1年半、兵営生活を送った

 自伝「泣き笑い五十年」によれば、金語楼は兵隊落語に出てくる通り、本名・山下敬太郎。東京生まれで、6歳のとき、ひょんなことから代役で高座に上がり、天才子ども落語家と呼ばれたのがきっかけでその世界に入った。柳家金三という名前の時、徴兵検査を受けて「甲種合格」(最優秀の合格)となり、1920年、朝鮮・羅南の第十九師団歩兵第七十三連隊に入隊。二等兵として約1年半、兵営生活を送る。その間「紫斑病」にかかり、回復したが、薬を飲まされて髪の毛が抜け、ツルツルの頭になってしまった。

 軍縮による現役免除で落語の世界に戻ったが「おみやげとして持って帰ったのは“ハゲ頭”ともう一つ、後でいわば私の出世作ともなった兵隊落語のネタというのも、実はその軍隊時代のおみやげでした」(同書)。

「ハゲ頭」にふさわしい「あたま」という新作ものを演じており、「兵隊ものをやりたいと思ったけど」、それまで3人ほどの落語家が兵隊落語をやっていたが「面白い割合に客には受けないんですよね」と書いている。「『兵隊落語てえものがこうも受けないわけがない。何かやり方があるんだろう』と思って、私もいろいろ工夫してみたんですが、はじめはさっぱり受けない」