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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/03/15

田渕 直で聞こえてくるので、わかります。かまいたちさんの時も、すっごい盛り上がってましたよね。それで高得点(660点)も出て。僕はむっちゃいい兆しだと思ってたんですよ。これは決勝、盛り上がるぞ、と。

――でも、出番を控えている者としては、他のコンビがあれだけウケているのは重圧にもなるわけですよね。

田渕 もちろん、やばいなっていうのもありました。これが1位通過の点数やとして、最終決戦に行くには650点以上は絶対いるなとか、計算しちゃいましたね。そうしたら、次、敗者復活で和牛さんが、まさにその652点を出して。ちょっと、エッ! すごっ! これが決勝なんやと思いましたね。ど頭から、こんな感じなん? って。ところが、後半、その660点を上回る人が出てくるんですけどね。

 

ミルクボーイは「トイレまで“ウケ”の声が聞こえた」

――やはり、ミルクボーイさんの評判は聞いていたのですか。

きむ そうですね。3回戦ぐらいから、すごくウケてたと。

田渕 僕は、めっちゃ滑ってるところも観たことあるので、どっちが出るかなと思ってたんです。ただ、予選の段階で芸人の中でいちばん評判がよかったのはミルクボーイさんやった。ってなると、決勝の審査員の方々は、ほとんど芸人なわけじゃないですか。ドハマりする可能性もあるなと思っていました。

――ミルクボーイさんのときも、やっぱり裏でネタ合わせしていたんですか。

きむ 僕らはしてましたね。裏のトイレのあたりで。

田渕 そこまでウケてる声が聞こえてきましたから。マジで。すごかった。

――ミルクボーイが過去最高となる680点を出しました。さすがに、あれだけウケた後の出番は嫌ですよね。

田渕 いや、でも、もう引っ張られるよりは、早う出たいという気持ちの方が強かったですね。正直、しんどかったです。違う名前が呼ばれるたび、ああ、まだなんや、しんど、って。

――残り組が少なくなってくると、なんとなく仲間意識みたいのが出てくるものなんですか。

田渕 いや、残ってる組が多いときのほうが、まだ、しゃべる雰囲気になるんですよ。2、3組になってくると、みんな次こそ自分かもしれんってなるんで、そこまで会話できひんようになる。

 

――そして、残り2組となり……。

田渕 ここまできたら、もうぺこぱさんか僕ら、どっちかなんで、気持ちはできてましたね。けど、待ってる時間が長過ぎて、いつもの自分とはちゃうなと思っていました。

きむ なんか、今日はたぶっちゃんがかかり過ぎてるなというのはあった。でも、それを下手に指摘して、逆効果になっても嫌なので何も言えませんでしたね。

【続き】M-1“隠れ優勝候補”インディアンスの痛恨 じつはネタ飛んだ「とてつもなく長い5秒」

写真=山元茂樹/文藝春秋

インディアンス/田渕章裕(ボケ担当)ときむ(ツッコミ担当)のコンビ。田渕は1985年6月2日兵庫県出身。きむは1987年12月24日大阪府出身。大阪NSC31期の同期生。

2009年に結成。2010年に一度解散したことがあり、田渕は現ミキの昂生と「やぶれかぶれ」というコンビを組んでいた。15年、18年NHK上方漫才コンテスト準優勝。16年から拠点を東京に移す。

16年、18年にM-1準決勝進出。19年初のM-1決勝で9位に。

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