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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

インディアンスが語るミルクボーイのM-1最高点「トイレまで“ウケ”の声が聞こえた」

漫才師・インディアンスインタビュー#1

2020/03/15

「過去最高って言ってもいいのかもしれないですね」

 大会の締めに審査員のダウンタウン松本人志がこう語るほど、2019年のM-1は沸いた。では何がこの“神回”を作ったのか。出場した漫才師たちのインタビューから、その答えに迫っていく。

 決勝7番手で登場し、史上最高の681点を叩き出したミルクボーイ。最終10番手で日本中をあっと驚かせたぺこぱ。その間、9番手としてM-1舞台を踏んだのがインディアンスだ。

 年間400回以上舞台に立つ彼らは、同じ12月にTHE MANZAIに出場するなど評価が高く、お笑いファンの間で“隠れ優勝候補”と評判だった。そんな彼らが経験した「初のM-1」とは――。(全3回の1回目/#2#3へ)

インディアンスの田渕章裕さん(左、ボケ担当)ときむさん(右、ツッコミ担当)

◆◆◆

「笑神籤(えみくじ)はヤラセだと思ってた」

――インディアンスさんの出番は9番目でした。そこまで待つのは、やはり大変でしたか。

田渕 早い方がいいなと思ってたんですけどね。

きむ 僕、笑神籤(えみくじ)はヤラセだと思ってたんですよ。

――本気で?

きむ はい。僕ら、明るいイメージが強いんで、ライブやネタ番組でもトップ出番が多いんです。盛り上げるために。なので、僕ら、また1番なんやろなと思っていて。

田渕 笑神籤が導入されてからは、17年はゆにばーす、18年は見取り図さんと、いずれも初出場組なんです。そこも、僕らは当てはまってるんで。

――ところが、トップバッターはニューヨークでした。

きむ そうなんです。で、次、かまいたちさんだったでしょう。それで、やばいと。笑神籤はガチやって。ヤラセで、優勝候補のかまいたちを2番目には持ってこないでしょうから。あの瞬間、ガチガチになりました。キュッと緊張してもうたんです。

インディアンス初のM-1決勝は9番手での出場となった

ジャルジャルの後藤さんは「絶対ガチや」って

――でも、ヤラセだったとして、どうやって思い通りのクジを引かせるんですか。

きむ 芸人の間でいろんな噂があったんですよ。

田渕 めっちゃおもろい噂ありましたよ。誰か忘れたんですけど、決勝行った人が、笑神籤のボックスが6個あったって。1個のボックスの中を全部同じにクジにしとけば、誰が引いても同じコンビを出せるじゃないですか……って、そんなことあるか!ってあの日痛感しましたね。4回出てるジャルジャルの後藤さんは「絶対ガチや」ってずっと言ってましたもんね。

――やはり笑神籤システムは大変ですか。

田渕 あんなシステム、経験したことないじゃないですか。トップもあれば、トリの可能性もある。どのタイミングで出番が回ってくるかわからないので、テンションの起伏が激しくなっちゃいましたね。「今、呼んでくれ。ああ、ちゃうんか……」みたいな。そこで1回、疲れちゃう。で、またネタが終わって、「来い! ちゃうんか」と。そんな感じで、9番目まで引っ張られちゃったんで。

「笑ってるツッコミが好きじゃない」発言の影響は?

――この大会は本当にいろんなことがありました。まず、1番目のニューヨークのネタの後の講評で、審査員の松本(人志)さんが、笑ってるツッコミが好きじゃない、という趣旨の発言をされました。あの言葉の影響はありましたか。