3月27日の日生劇場はというと……
2020年3月27日、日生劇場で上演された『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』の公演は、実を言えば満席ではなかった。先行予約から落選が続発し、当日券の電話回線がパンクして繋がらないほどの人気公演にいくぶんの空席があった理由は、感染を警戒してチケットをキャンセルした観客の存在、そして恐らくはそのキャンセル分を再度当日券に回すことを避け、少しでも劇場の密度を下げて安全性を保とうとする公演側の配慮を感じさせた。
三浦春馬や生田絵梨花をはじめとするキャストたちの演技には、本来なら2ヶ月数十公演を演じるはずだったエネルギーをたった8日で終わる公演に燃やし尽くそうとするような切迫感が満ちていた。
おそらく彼らは、この状況で一度幕が降りてしまえば、東京公演だけではなく地方公演までも上演が困難になること、この日がこの舞台を演じる最後の日になる可能性が高いことを予感していたのではないかと思う。そして実際に、『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』は二度とその幕を開けることなく、全公演がキャンセルとなったのだ。
生田絵梨花の大きな転機となったであろう舞台
乃木坂46に所属する生田絵梨花は、10歳から音楽と舞台に魅了され、多くのキャリアを積んできた女優だ。『ロミオ&ジュリエット』『モーツァルト!』『レ・ミゼラブル』などの大舞台を重ね、2018年度の菊田一夫演劇賞を受賞した彼女は、時にその生真面目さと受けた教育の厳格さを映すように、あまりに正しく、教科書通りに演じすぎると観客に評されることもあった。
だがこの舞台でスワローを演じた生田絵梨花には、アメリカの信仰篤い田舎町で育ったヒロインの抑圧と葛藤を表現する情熱と能動性が溢れていた。『キャッツ』『オペラ座の怪人』を生み出したアンドリュー・ロイド=ウェバーらによって、生田絵梨花が生まれる1年前に作られた名高いウエストエンドのミュージカルは、まるでこの日の彼女のために当て書きされたように役と演者の魂がシンクロしていた。
それは日本を代表する演出家の一人である白井晃の手腕なのかもしれない。あるいは、昨年に生田絵梨花が演じた舞台、『キレイ』からずっと彼女の中で起きはじめた化学変化が花開く瞬間だったのかもしれない。「もっと野性的に、猫のように動いて」と『キレイ』の演出家松尾スズキに求められ、私生活でも形を崩して座ってみた、と語る生田絵梨花の演じるスワローには、「こう演じなくてはならない」という100点満点の責任感を、「こう演じたい、演じてみたい」というしなやかな情熱と欲望が半歩だけ追い越すような瞬間があった。
それは昨年「演技については永遠に悩むのだと思う」とインタビューで語った彼女に訪れた変化と飛躍の季節であり、全公演を演じていれば、おそらくは女優として生田絵梨花の代表作と呼ばれ、大きな転機となるはずの舞台だった。だがその舞台は、たった8日間11公演、限られた観客の前のみで幕を閉じた。